オペラ『ワルキューレ』感想

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オペラ『ワルキューレ』ワーグナー作曲、新国立劇場、2016/2017シーズン

公式サイト:
http://www.nntt.jac.go.jp/opera/walkure/

新国立劇場にて。
2016/10/2~10/18 上演。

クラシック専門インターネットラジオ『OTTAVA』(※1)企画、オペラ『ワルキューレ』鑑賞ツアーに行ってきた。

映画『ロード・オブ・ザ・リング』『ホビット』(※2)、その原作『指輪物語』のルーツの一つである、『ニーベルンゲンの指環』の第1日(2作目)。

2013年はワーグナー生誕200年祭だったにも関わらず、何も聞けなかった。
ようやく鑑賞できて感無量。

一本の作品を通して観るのは久し振りなので、集中して鑑賞できるかが心配だった。
それは杞憂に終わった。

今回の声楽家たちの魅力や、オペラ鑑賞の楽しみかたについて話が聞けることは、新しい発見に繋がった。

林田直樹氏による、オペラと『ワルキューレ』解説

オペラの楽しみかた

冒頭、林田氏はオペラが人間が手で造る最大規模のものと語る。
あらゆるものがデジタル、オートメーション化された現代において、人間的な豊かな世界であると。

現代の人々は、完成したレコーディング、完成した映像に慣れている。それが19世紀の観客との大きな違いであることを指摘。
そして間違い、ライヴの乱れに対して“指摘スト”になっている。
表現者たちが何をしようとしているかを楽しむ、声楽家、演者が目指しているものを共感してほしいと強調した。

舞台上では別々に起きる物事を、リアルタイムで複眼的に見る体験。
それらの中には見逃してしまう、手からこぼれ落ちる情報がある。
全て消化しきろうと思わないこと、いくつか分かることを味わうことを推奨していた。

これは前述、「19世紀の観客との大きな違い」とも絡む。
記録媒体が発達、いつでも好きな場面を見返せるようになった現代に、もしかしたら重要なものを見落とすというリアルタイムの“偶然”を再現する。

ワルキューレ』解説

ワーグナーはオーケストラを物凄く大切にしている。その音楽の体感してほしいとの事。
オーケストラピットの中から垂直に立ち昇る音楽は、天井に当り降り注ぐ。
実際、パンフレットには『ワルキューレ』の音楽への言及が、殆どのページを割いていた。

林田氏は『ワルキューレ』の物語解釈についての言及は避けた。(ネタバレ回避のため)
「『ワルキューレ』は一幕の登場人物が、基本3人しか登場しないので、人物相関がわかりやすく、音楽も聞きやすい」と言っていた。

ただ、『ワルキューレ』に関する、興味深いエピソードを紹介。
2005年の韓国初演では、最後は号泣する観劇者が多かったそう。
韓国の家族を大切にする文化に、『ワルキューレ』における家族問題が琴線に触れたのではないかと分析する。

第1幕における冷えきった夫婦関係とそこに飛び込んでくる一人の男。
第1幕終盤から第2幕にある、婚礼という誓約を破る禁断の愛の成就と死。
そして最後は父娘関係、親子愛の物語がクローズアップされる――

多様な解釈あれど、本質には家族劇があるのではないかとの事だった。

日本よりも儒教的な価値観が強く、「家」の結びつきが強いと言われる韓国。『ワルキューレ』の兄妹、父娘といった血縁関係の織りなす愛。林田氏の指摘に納得する。
そして、ワーグナーの、オペラの時代や文化が、異なる文化圏でも垣根を越えて、(様々な解釈やおのおの琴線の触れるところは異なれど)人の心を動かすこと、その魔力に思いをはせる。

質疑応答があったので、「今、なぜワーグナーなのか、ワルキューレなのか?日本社会との関連性をどう見るか?」を伺ってみた。
それに対して、新国立劇場の方から捕捉もあった。

今回のワーグナーは、フィンランドの大演出家ゲッツ・フリードリヒ(※3)が、晩年に作ったプロダクションを持ってきたもの。
今回のため、日本で新たに作られたものではないため、「今の日本社会との関連性」がある訳ではない、との事。

しかし、ワーグナーの普遍性は、上演されると、何らかの意味合いを持ってしまう。

新国立劇場の芸術監督・飯守泰次郎氏、御年77歳。
「飯守と言えば、ワーグナー」であるとの事。ワーグナーが作ったバイロイト祝祭歌劇場でのスタッフだった。
2014/2015シーズンの『パルシファル』にはじまり、『ラインの黄金』そして『ワルキューレ』、次回『ジークフリート』と続く。

飯守氏がバイロイトにいた1960年代、ヨーゼフ・カイルベルト(※4)がいた。
また、ワーグナーの孫2人、ヴィーラント・ワーグナー(※5)とヴォルフガング・ワーグナー(※6)の天才の活躍もあった。

20世紀のオペラ、戦後のワーグナー上演史の生き証人でもある。
10年後、それを知る人はいない。
伝えなければならない“何か”を掴んで日本に帰国されたのは間違いないだろうとの事だった。

時代性を反映する演出を求められるきっかけになったのが、ピエール・ブーレーズ(※7)指揮による、『ニーベルングの指輪』らしい。

その前には「新バイロイト様式」という抽象的な舞台をヴィーラント・ワーグナーは製作した。
戦争の反省として、ナチスに利用された事を払拭するために。

そのあとをピエール・ブーレーズが思い切り具体的にし、産業革命のような時代設定にした。(※8)
死体を引きずるワルキューレの乙女たちの姿露骨で物議を醸した――初演時(1976)冷戦の只中、ベトナム戦争が終結したばかりで、ドイツも東西分裂状態だったため――生々しすぎる描写だった。
飯守氏はそれをまだ引きずっていると、林田氏は考えていた。

結果ら新しいワーグナーが上演される度に“今、時代への意味”を考えるように、身構える伝統を作ってしまったとの事だった。

初心者過ぎて知らなんだ……(すみません)汗
だから勉強になった……(ありがとう)キラキラ

ワルキューレ』上演

第1幕は屋敷の中で展開されるのだが、屋敷は斜めに傾いた室内という表現だった。
その傾斜の不安定さが、愛し合っていない夫婦、戦と決闘の不安感を象徴しているようだった。
傾斜した室内で歌う声楽家たち……重心が偏る中で歌うのは負担ではないのだろうか……?
斜めの部屋が可動式で、水平になる(安定する)かと思ったら、そんなことは無かった…

第2幕は日時計を彷彿させる、円を切り取った舞台の上で展開する。
登場した神々の司・ヴォーダン(グリア・グリムスレイ)は軍服だった。
一瞬緊張してしまう。
真っ先にカーキ色を想像してしまうので、そうではないから良いのか……?
上演中はそんな事を考えていたが、後で調べると、第二次大戦中、ドイツ軍にはブルーグレーのコートもあったらしい……
「ヒトラーのイメージが定着する前の、本質的なものの再評価」という話も聞いていたので、ゲッツ・フリードリヒがこういう服装の演出にした意味は、どういうものなのか、悶々としてしまう。
ヴォーダンの妻・フリッカ(エレナ・ツィトコーワ)は1940年代モードな服装だった。

第3幕では、 放射状の舞台の上で、勝鬨を上げるワルキューレ達が、台車に乗せた遺体を牽いてくる。
遺体置き場を連想させるものと、女の笑い声が響く雰囲気のギャップが、私には強烈だった。(※9)


第3幕の父娘関係もさることながら、ブリュンヒルデ(イレーネ・テオリン)とジークリンデ(ジョゼフィーネ・ウェーバー)の会話の方が、私には関心が高かった。
私はそれが、“未来へと繋げる女の力”を意識させられたためだ。
ヴォーダンへの報復的な進言をするフリッカは例外で、男性原理的(ギリシア神話の女神・ヘラのイメージが強い)なのだが……
ワルハラでの安寧よりも、破滅することを理解しながらも抗う事を宣言するジークムント(ステファン・グールド)を見て、そうさせるジークリンデとの“愛”に感銘するブリュンヒルデ。
意固地な神々に対し、自身も破滅すると解りながら、ブリュンヒルデは己の意思を尊重した。
それは同時に、ヴォーダンの本心、本当の願いでもあったのだが。

規則や掟に囚われるのではなく、自らを由とすることを。
厳罰による報復ではなく、赦しと助けを。

ブリュンヒルデが当初逃げ込んだ、姉妹たち――他のワルキューレたちも、ブリュンヒルデの行いに驚き、戸惑いながらも、ブリュンヒルデを救いたく、ヴォーダンに慈悲を乞うた。

それは『女神的リーダーシップ』に言及される、〈女神的〉価値観――“女性的”と分類された資質である。
共感、公平、叡智……それにより、本来ヴォーダンが目指した罪の昇華――が愛によって成される布石となる。

女神的リーダーシップ 世界を変えるのは、女性と「女性のように考える」男性である

ブリュンヒルデの眠りを守るため(声楽家、演者としては出てこないが)ローゲの炎に閉ざされる。
この炎が2つ先の物語『神々の黄昏』における、ヴァルハラ城炎上に繋がる――


やはり生で演奏を、声楽を聞くと感動する……
ワーグナーに捧げた1日は、学びがあり、体感があり、充実したものだった。

実は今まで『ニーベルンゲンの指環』をしっかり読んだことが無かった……
一緒に観劇した方から「アーサー・ラッカムの挿絵で、寺山修司訳の『ニーベルンゲンの指環』がある」と教えて頂いたので、さっそく図書館へ駆け込んで、今、読んでいる。

  • ニーベルンゲンの指環〈1〉ラインの黄金 (ワーグナーオペラシリーズ)
  • ワルキューレ―ニーベルンゲンの指環2 (ニーベルンゲンの指環 2)
  • ジークフリート―ニーベルンゲンの指環3 (ニーベルンゲンの指環 3)
  • 神々の黄昏―ニーベルンゲンの指環4 (ニーベルンゲンの指環 4)

参考文献
2016/2017シーズン新国立劇場オペラ公演、ワーグナー作曲「ニーベルングの指環」第1日『ワルキューレ』パンフレット
ワーグナー (文藝別冊/KAWADE夢ムック)

ワーグナー (文藝別冊/KAWADE夢ムック)

  1.  インターネットラジオ OTTAVA http://ottava.jp(2016/10/17確認)
  2.  【過去日記】映画『ホビット 決戦のゆくえ』感想
  3.  『ワーグナー演出家 ゲッツ・フリードリヒの肖像 – 新国立劇場
    http://www.nntt.jac.go.jp/opera/dasrheingold/interview/ (2016/10/17確認)

    Gotz Friedrich (English)
    http://alchetron.com/Gotz-Friedrich-768616-W (2016/10/17確認)

  4.  ヨーゼフ・カイルベルト (Wikipedia)
    https://ja.wikipedia.org/wiki/ヨーゼフ・カイルベルト (2016/10/17確認)
  5.  ヴィーラント・ワーグナー (Wikipedia)
     https://ja.wikipedia.org/wiki/ヴィーラント・ワーグナー (2016/10/17確認)
  6.  ヴォルフガング・ワーグナー (Wikipedia)
     https://ja.wikipedia.org/wiki/ヴォルフガング・ワーグナー (2016/10/17確認)
  7.  ピエール・ブーレーズ (Wikipedia)
     https://ja.wikipedia.org/wiki/ピエール・ブーレーズ (2016/10/17確認)
  8.  mitch_hagane『オペラ初心者が「観る・聴く」『ニーベルングの指輪』は何がよいのかぁ?みっち悩むの巻(笑)』
      http://mitchhaga.exblog.jp/21631569/ (2016/10/17確認)
  9.  「新国立劇場、新シーズン開幕第一弾『ワルキューレ』稽古開始 世界最高峰のワーグナー歌い集う | Daily News | Billboard JAPAN」
      http://www.billboard-japan.com/d_news/detail/41652/2 (2016/10/17確認)
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