シン・ゴジラ対エヴァンゲリオン交響楽

白黒イラスト素材【シルエットAC】
JUGEMテーマ:シン・ゴジラ

『シン・ゴジラ対エヴァンゲリオン交響楽』パンフレット表紙
公式サイト:
http://www.khara.co.jp/gve_symphony/

指揮:天野正道
演奏:東京フィルハーモニー交響楽団
合唱:新国立劇場合唱団
ゲスト演奏:エリック宮城(トランペット)、今剛(ギター)、高水健司(ベース)、山木秀夫(ドラム)、宮城純子(ピアノ)
キーボード:鷺巣詩郎

特別ゲスト:高橋洋子、和田薫

司会:林原めぐみ、松尾諭

1曲目から〝Persecution of the Masses〟が流れる……
“蒲田のあいつ”――転じて通称・蒲田くん上陸時に流れた オラトリオ。
翻弄される人間への哀歌のようでもあるので、胸が熱くなる。
映画館で見たときの感情が思い出されて――『シン・ゴジラ』(観ていないけれども『君の名は。』も)東日本大震災への“憑き物落とし”であるという解釈(※1)。
それはカタルシスであり、この曲に集約されてはいまいか?

スクリーンでは、曲が使われたシーンが映し出される。
津波のような蒲田くん上陸と翻弄される人々の姿……

転じて、ヱヴァンゲリヲン新劇場版『序』の出撃シーン――しかし、所々で『シン・ゴジラ』の出撃シーンの旋律が織り込まれていたり――と、「ゴジラかエヴァか、エヴァかゴジラか」が対立せず、交差する。

司会は『エヴァ』では外せない、林原めぐみ(綾波レイ、碇ユイ、ペンペン、エヴァ咆哮、etc……)おねーさま。
そして『シン・ゴジラ』から「泉ちゃん」こと泉修一役の松尾諭氏。

林原氏は紫色のドレスに蛍光グリーンのベルト、オレンジのネックレスという、エヴァカラーのドレスアップ。(このカラーリングは、すっかりエヴァをイメージさせる組み合わせに。)
細部にも世界観を表現して、テンションを上げる。

幕間での林原氏と松尾氏のトークを聞いていると、林原氏は本当にトークが上手いと思った。

鷺巣氏がおもむろに退席した手前で、『エヴァ』『シン・ゴジラ』での自身の思いを語る林原氏と松尾氏……
松尾氏「そういえば、何で鷺巣さんは僕を今回の司会に指名したんですか?(振り向く)……あれ!?いない!!」
……結局、鷺巣氏が指名した理由を聞くことはできなかった(笑)

このコンサートでは『シン・ゴジラ』で鷺巣氏が作曲されたものだけでなく、故・伊福部昭氏の楽曲も合わせて上演という、異なる作曲家同士のコラボレーションでもある!

伊福部昭トリビュートでは、鷺巣氏の合唱が付いた荘厳な印象を与える音楽とは異なる、『ゴジラ』の壮大なスケールの音楽が重々しく響く。

また、スペシャルゲストとして高橋洋子氏が〝残酷な天使のテーゼ〟を歌ってくれた!

さらにヤシマ作戦でもお馴染みの〝Decisive Battle〟決戦メドレーが流れる――『シン・ゴジラ』ヴァージョンも併せて。
ヤシオリ作戦での〝宇宙大戦争マーチ〟も。

その時、おもむろに観客席通路に人影が……それは東海大学吹奏楽研究会と東京フィルとのコラボレーションだった。

掛け合いのように呼応する、オーケストラと合唱、吹奏楽、更にはバンド形式とジャズ形式のトランペットソロと繋がり、変化してゆく。
トランペットのエリック宮城氏は、ソロの部分でかなり引っ張って、その技術を披露していた。(「いつ終わるんだろう…」という緊張感と共に)
同じ旋律の曲を多様な形式で魅せられ、中々面白かった。
大学の吹奏楽部の人たちにはかなり良い経験だったのではないだろうか。

私が観に行ったのは初日の夜公演だったのだが、庵野秀明監督が花束贈呈花束に現れた!


シン・ゴジラ』『エヴァンゲリオン』で使われた音楽のコンサートは、合唱、交響曲、ジャズ、ロック、ポップ……盛りだくさんな音楽ジャンルのコンサートだった。

久しぶりに、Bunkamuraオーチャードホールでの演奏を聴いた。
ただ、今回、せっかく合唱団がいるのに、前面にオーケストラピットがあるためか、合唱の声が聞こえづらかった。それが勿体ない。
年末のニュー・イヤー・カウントダウンコンサートを毎年TVで見ていながら、今さら気が付いた。マイク収音前提の会場なのだろうな……

このコンサートでは『シン・ゴジラ』作中で、伊福部氏と鷺巣氏の音楽の印象は異なるので、2人の曲がこのコンサートでどの様に融和してゆくのかが気になっていた。
それは、『エヴァ』の曲の中で時折織り交ぜられている『ゴジラ』の音階に現れているのかも知れないが……
二人の曲に何か共通項を見出したり、鷺巣氏が伊福部氏へのオマージュがあっただろうか……?

また、こうして映画音楽が映画から切り離され、音楽単体として上演される試みの意味について、考えてしまう。
今回のコンサート、平日で2日間だけという事もあってなのか……満席ではなかった……

ゴジラ』と音楽――伊福部昭と鷺巣詩郎の鎮魂

同じ日に、『シン・ゴジラ』のBlu-ray,DVDがめでたく発売された。

【Amazon.co.jp限定】シン・ゴジラ Blu-ray特別版3枚組(早期購入特典:シン・ゴジラ&初代ゴジラ ペアチケットホルダー付き)(オリジナル特典:スチールブック付き)

チャプターを見ると、その区切りは全てBGMに合わせていた。タイトルも昨年発売された音楽集のタイトルと同じ。

シン・ゴジラ音楽集

それらを見ていると、この映画が音楽を大切にしている、或いは音楽が映画の“軸”として位置づけられているような気がした。

‘どんなにアレンジしようが伊福部氏による『ゴジラ』の音楽から逃れることはできなかった’と映画パンフレットにあったように、「『ゴジラ』と言えば(伊福部氏の)あの音楽」がある。その事を意識しているようだった。

♪ド シ ラ ド シ ラ ド シ ラ ソ ラ シ ド シ ラ……レ ド シ レ ド シ レ ド シ ラ シ ド レ ド シ……レ レ ド ド シ シ ラ♪

音階が変わるだけでほぼ反復されるのシンプルな旋律は覚えやすく、忘れられない。

私たちは音楽を受け取る場合、最初に律動に打たれますが、このことは音楽にあっても、最も本質的なものは律動であるということを立証しているとみることができます。
(中略)
律動は、このように根元的なものであり、ほとんど本能的なものでさえあるので、誰にも() く理解され、また、身近なものとして感じられる

伊福部昭『音楽入門―音楽鑑賞の立場』p.21

音楽入門―音楽鑑賞の立場

私は音楽について浅学すぎるので、短絡的に上記を踏まえた旋律ではないかと想像してしまう。

伊福部氏はゴジラの死の場面に流れる〝海底下のゴジラ〟と、作曲を携わった映画『ビルマの竪琴』で水島上等兵による戦場で死んだ人々の遺骨を広い荼毘に付すシーンに同じ旋律を与えているそうだ。

この音楽的モティーフは、伊福部が作曲したオーケストラと懇請合唱による『合唱唱詩「オホーツクの海」』(※2)の主題である。「暗澹たる空の叫びか/滅亡の民が悲しい喚声の余韻か」という、更科源蔵の詩が、この旋律で歌われる。
(中略)
伊福部は更科の詩文を、自分に共通する精神を詠ったものと感じ、それを独唱歌曲や合唱曲にした。永遠の時間、果てしなく広がる土地、そこに住む人と物の歴史を描こうとして。

(中略)

生きていたのに死んで行かねばならなかった者の魂を、伊福部は音楽で鎮めようとした。怪獣を含め、人と物を押し流してゆく大きな運命を、音楽で表現しようとした。

木部与巴仁「怪獣音楽の創造者、伊福部昭。」
『東京人 2016年年 08 月号』 [雑誌]p.68

東京人 2016年 08 月号 [雑誌]

上記を踏まえると、鷺巣詩郎の〝Persecution of the Masses〟の歌詞、‘Persecution of the masses (民衆への迫害)/Sacred blessings count for nothing(聖なる祝福は何の為なのか)’という行が、更科源蔵の詩すなわち伊福部昭氏の音楽をリスペクトしていることを伺えるのではないだろうか?

また、〝海底下のゴジラ〟の旋律が〝Persecution of the Masses〟では反行させているのではないか、という指摘もあった。(※3)
ただ、〝Persecution of the Masses〟は『ふしぎの海のナディア』の〝レクイエム〟がベースになっているとも……(※4)

レクイエム……正にその通りだろう。
初代『ゴジラ』および『シン・ゴジラ』、これら2つの曲は太平洋戦争と東日本大震災に象徴される、一個人では抗う事の出来ない巨大な意思に押し流されて、無念のうちに死んでいった人々への鎮魂が込められているという、共通項がある。

鷺巣氏の鎮魂のイメージの原泉が何処にあるのか、私には分からないけれど……

アニメとコンサート、BGMから独立した音楽として

20年前、『エヴァンゲリオン交響楽』と題したコンサートがあったことを記憶している。
私は行かれなかったが、そのコンサートは、パッヘルベル〝カノン〟、交響曲第9番ニ短調op.125「合唱」より第4楽章、オラトリオ『メサイア』から〝ハレルヤ〟などの劇中で使われたクラシック音楽を演奏する事が、話題になった。

それ以外にも、劇中曲で人気の高いもの、ラップ調リミックスなどがあった模様。

エヴァンゲリオン交響楽

これらクラシックを一緒に聞く機会はない組み合わせである。
それが実現するのは“『エヴァンゲリオン』のイメージ”という媒体があったればこそだ。
使われたクラシックは元々持っていたイメージから切り離されて、新しいイメージの元で演奏されていた。

今回のコンサートもやはり、「『シン・ゴジラ』の、『エヴァ』の音楽」という面、映画・アニメファンの娯楽の延長としての匂いが強い。
使われたクラシックのように、アニメや映画のイメージから切り離されてBGMが“音楽単体”として演奏される。そんな日が来るのだろうか?
それこそ、100年経っても聴かれ続け“クラシック”になったら、なのだろうか?
これはそれへの布石だったり……などと、勝手な想像をしてみた。

  1. 『「シン・ゴジラ」はあの大災害がエンタメにかけた「呪い」の憑物落としである』
    http://www.excite.co.jp/News/reviewmov/20160811/E1470877308302.html (2017/4/9 確認)
  2. 伊福部昭:合唱頌詩「オホーツクの海」
    https://youtu.be/FMkf1QeJNRE (2017/4/9 確認)
  3.  Miyuu Kawanishi『シン・ゴジラ』予告!その音楽!「伊福部昭から鷺巣詩郎へ」(後編) | 『音楽研究☆CHIMERATA!』
    http://remeremea2.blog.fc2.com/blog-entry-46.html (2017/4/9 確認)
  4.  Miyuu Kawanishi『シン・ゴジラ』予告!その音楽!(追記) | 『音楽研究☆CHIMERATA!』
    http://remeremea2.blog.fc2.com/blog-entry-47.html (2017/4/9 確認)
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