映画『ミッドサマー ディレクターズカット版』感想

白黒イラスト素材【シルエットAC】
JUGEMテーマ:Horror

映画『ミッドサマー』パンフレット
公式サイト:
https://www.phantom-film.com/midsommar/

丁度、ハマスホイとデンマーク絵画展もあり、北欧文化を堪能する、何とタイムリーな(ホラー)映画だと思った。

私個人の見解は、斬新メンタルホラー映画だった。
口の悪い書き方をすれば、「だめんずウォーカーなメンヘラ彼女を蔑ろにしたクズ男の自滅」だろうか……
男女のすれ違いがテーマのように見せかけて、心の深部・暗部を抉る。

カルト

ジャンルはカルトホラーに分類される。
ルーン文字や儀式、( まじな)いと言った言葉から、オカルトホラーの雰囲気をにおわせるが、特定の神やカリスマ性がある個人への崇拝が中心になっている宗教ではない。
“共同体”意識のカルトの方だった。
生活の営みの中に儀式という名の“人の犠牲”が普通なこととして組み込まれているシステムだった。

それは以前読んだコミックエッセイにあった、農業系カルト集団の生活様式に酷似していて……それが貨幣経済を否定する共同体思想であれ、宗教であれ、カルト(特定の対象を熱狂的に崇拝したり礼賛したりする)集団の共同生活というものはどこも似ているのかもしれない。
カルト村で生まれました。
そして、映画の中のホルガ村の共同体意識……個“人”という概念が無いのかもしれない。それゆえに男女個人間の結婚、一対一の対等な関係という概念も、実は共同体内部では存在しないのかもしれない。

北欧の民俗学

北欧の伝統芸能満載で、見ていて面白い。”真実味”がある。もっとも、北欧に限らずヨーロッパ全体の夏祭りに関する諸々を寄せ集めているのだが。

母音で構成される歌い出し。
“a" “u" “e" “i" “o"だろうか……?日本語では馴染みのある音、母音のみで構成された歌に、親近感を覚える。

村民が声を揃えて「o」の音を唱えて始まる祝祭。
それは日本の伝統芸能で来訪神を招く時の言葉、インドのマントラのオームにも通じる音では無いか?それはキリスト教のアルファ(α)の音にも繋がっている。

物語が進むにつれて、ルーン文字の石版や書物、北欧神話の神々の名前が挙げられたりする。そして神話物語をモティーフにした寸劇?儀式が次々と表れる。メイポールにメイクィーン、ハーリング(※1)など、観光客にも有名な夏至の祭にあるものも出てくる。
その中には中世あたりの民間信仰にあった恋のまじない――想いを寄せる人の食べ物に自身の陰毛、飲み物には経血といった、今の価値観では食品衛生上問題あるもの――まで。

それらは民俗学であって、神秘主義的な、魔術的要素は無い。神様(ヨーロッパの古の神々もキリスト教の唯一絶対神も)の気配はない。

何かアッパー系の薬物が入ったハーブジュースを口にして、ダニーはダンスコンペティションに参加する。輪が小さくなって、ダニが一人だけ回転する方向が異なっている時がある。
ただ振り付けを間違えただけかもしれない。それだけの事でも、彼女が外の人間であること、トランス状態に陥っているために起こった不協和音のようにも思えた。

しかしダンスコンペディションを見事勝ち抜いたダニーは今年のメイクィーンとして村の人々に迎えられ、対照的に(こちらは神経過敏になる薬物を盛られた)クリスチャンが取り残される。

お祝いムードの最後のディナーの時だけ、蝿が集っている音がする。その音が、死を意識させる。
そしてダニーもクリスチャンも薬物の影響で、視界の端がゆらゆらとぼやける……
そのため、何が用意されているかわからない……邪推して食卓の肉は生贄(人間)の内蔵ではないかと……
これは違ったようだ。(※2)

クリスチャン

クリスチャンはただの種馬だった。
ペレは「写真を見て夢中になった」と言っているが、行為の最中、彼女が手を伸ばし繋がりを求めたのは同席している母親であり、彼女が喜んだのは「赤ちゃんができた!」事(母親と同じ“母”になった)だった。彼女にとってセックスは相手との精神的な繋がりではなく、性行為によって大人になるための通過儀礼であり、クリスチャン個人との恋愛感情は関係無いようだった。
ダニーとの関係も論文のテーマも、クリスチャンは自分の意思で決断せず、最悪の状態や非は他人にあるという思考回路の持ち主だった。
流されるように生きた(人格者では無い)彼に相応しい末路だったと思う。

ダニー 自己回復のプロセス

悲嘆し、怒るということ。
このプロセスは自己のネガティブな感情(低い自己肯定感、断ち切りたいトラウマなど)を克服する――その昇華の表れとして――必要な通過儀礼だ。
クリスチャンの不貞を目撃したことで彼女はクリスチャンの裏切りに傷つき涙する。これは常々感じていたことだ。ホルガ村の人々に受け入れられたことで心の拠り所(安心感)を得た彼女は、今までずっと抱えていた悲しみと共に号泣する。それにホルガ村の少女たちは共感し、同じように泣いた。クリスチャンは一度たりともしなかった、共感。

その共感――他者と一体となったことによる多幸感――によって悲しみは昇華され、次に来るのは今までクリスチャンから受けた仕打ちへの怒りだ。
それだけの仕打ちを受けた自覚をした瞬間とはすなわち、自分自身の姿を客観的に認識できたと言える。ダニーは主体性を回復した。
故に復讐とも言える選択ができるようになる。
描写こそないが、メイクィーンの権利を行使してクリスチャンを最後の生贄に選ぶことを彼女は自分で決断した(それがホルガ村の人々によって多少仕組まれたことであっても)。
このプロセスを経たの中にダニー自身の喜びは彼女自身のものとして、最後のシーンで苦痛と怒哀楽で共感しあったホルガ村の人々がのたうち回る映像に透過して重ねられた、ダニーの満面の笑みに集約される。

欺瞞

全てをそぎ落とし調和された理想郷のようなホルガ村だが、所々に“欺瞞”がある。
ディレクターズカット版では、川の儀式と呼ばれる、神話のエピソードをモティーフにしたと思われる寸劇が行われる。
ホルガ村の子供が生贄になることを進言し重石を付けられ川に投げ込まれそうになる。しかし寸前に「勇気を見せたことで十分である」という村人の進言で生贄にならない。寸劇の中の古い神もまた、それを肯定した筋書きだった。
だが終盤で、外からやってきたダニー達とは別のグループの女性・コニーが川の儀式の生贄になっている(※3)。
つまり、神話世界を模倣するようで、完全にそうではない(それをする必要性はない≒行う対象の神のためでもない)。
クライマックスで既に殺害されていた生贄ジョシュの遺体には、長老が語る「何者かに持ち出された」という『ルビ・ラダー』のページが口に含まれているという。(全て遺される記録では無く、燃やして無くして良いものなのか?)

別グループのサイモンに施された血の鷲(※4)と呼ばれる拷問・処刑は、復讐のために行われたものだという。サイモンはコニーとの婚約をしていた。ホルガ村出身のイングマールはコニーをパートナーにしたかった雰囲気がある。イングマールの視点から見れば、サイモンは略奪者であり復讐の対象だったのではあるまいか……
ゆえに、ペレとイングマールの計らいによって、初めから生贄になる人間とその配役、迎えられる人間は決まっていたのだろう(※5)。

殺されるとは知らず誘い込まれた外の人々への欺瞞。映画を見ている側としては、無くても世界は回る儀式の欺瞞――それは閉塞した“共同体の維持”に過ぎない――への嫌悪感だった。

光への飢餓感

度々考える、“光への飢餓感”。この映画はそれを逆手に取ったホラー映画だった。

白昼夢にうなされるような……まるでストレスで乖離した精神状態。以前観た映画『Oculusも冒頭は明るく小奇麗で不気味さを感じさせない。更に幻覚や疑似記憶などに翻弄され、物語画進むにつれて不気味さを増してゆく……『Oculus』ではそれが日没と共に暗くなって定番の暗闇に潜む幽霊だの霊障になるが、『ミッドサマー』では白昼でも日没になっても、不気味なことが起っていて斬新だった。
ホラーの悪意や恐怖が“暗闇の中で起こるもの”と思い込んでいて、覆されるのだ。
そしてハマスホイとデンマーク絵画でも書いた、“光への飢餓感”……渇望する対象の多幸感あふれる世界の中で、生贄という殺人、薬物による共同幻想、ダニーとクリスチャンの歪な関係という嫌悪する舞台装置のギャップが上手い。

あと、映画『ジェーン・ドゥの解剖のような、美しい死体(死体そのものではなく、着飾った死体)が魅力的な映画だった。

……細部まで拘りのある映画で、多くの人が感想や考察も書いていると思うので、この辺で筆を置こう。

  1. オランダ名物ハーリング、正式な食べ方は大口を開いて上を向いて… – たべぷろ
    https://tabepro.jp/6872
  2. this Hårga man pie, shaped like a man lying in apples(リンゴの中に横たわる、人の形をした「ホルガ人パイ」) とあり、人肉パイ(ケーキ?)ではなく、人の形のように見えるように並べられた、山羊の肉だった模様。The Epic Feast in A24’s ‘Midsommar’ Was Inspired by Scandinavian Traditions – Eater
    https://www.eater.com/2019/8/5/20751570/midsommar-food

    How Hollywood food stylists make food for movies and TV – Insider
    https://www.insider.com/how-hollywood-food-stylists-make-food-for-movies-and-tv-2019-12

  3. 生皮になって中身が出されているであろう、遺体の髪は濡れて蔦が絡まっている。
  4. https://ja.wikipedia.org/wiki/血のワシ(Wikipedia / 日本語)
  5. もしダニーとクリスチャン、ロンドン組の関係が逆転しても、最後のイングマースがペレになり、それで成り立つ。
参考文献
映画秘宝 2020年 02 月号 [雑誌]
映画秘宝 2020年 02 月号
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