映画『おクジラさま ふたつの正義の物語(A WHALE OF A TALE)』感想

白黒イラスト素材【シルエットAC】
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映画『おクジラさま』チラシ
公式サイト:
http://okujirasama.com/

映画『ハーブ&ドロシー』、『ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの』の佐々木監督の新たなドキュメンタリー。
映画公開後、「捕鯨問題を取り上げる」と、アートとかけ離れた内容なので驚いたが、「公平な視点をもって撮りたい」とおっしゃっていたので、楽しみだった。


映画の中で監督・佐々木氏の姿をほとんど見えない。
元IP通信社のジャーナリストが多く出てくるのだが、“主人公”のような立ち位置にはいない。
彼は“客観性”“中立”を具現化したような存在だった。

シー・シェパードの活動家、太地町の漁師たち、何故か仲裁に入ってきた怪しい右翼団体の男性……
登場する人物、誰もが主人公ではないが、誰もが主人公である映画だった。

結論ありきのドキュメンタリーではなく、観る人に多角的に考えさせるドキュメンタリーだった。
残念ながら人間というものは、自分の信じているもの以外受け付けないものだけど。(※1)

捕鯨、反捕鯨の主張共に、言い分には不完全なものがある。
人間は結局、物事をそのちっぽけな尺度でしか測ることができない。

正しいことなど、どちらにもなかった。
寧ろこの映画を観て、結論……模索しなければならない事は、捕鯨を肯定する人も否定する人も「折り合いをつけて共生する方法」あるいは「距離感」を見つけることだった。

このブログでは前提知識として、クジラ類ハクジラ亜目の成体の体長が約4m以下のものをイルカとし、イルカ・クジラ漁を特に明確な線引きをしない場合、総じて「捕鯨」として記載していく。

“アクション”、その先

映画『the cove』(以下、『ザ・コーヴ』)の公開以降、イルカ漁の町・太地に押し寄せてきた反捕鯨活動家たち。
彼らの「イルカを守れ」は、間違ったことは言っていない。
しかし映画を観ていると、実態に即していないことが分かってくる。

「イルカ(クジラ)は絶滅危惧種だから保護したい」のであれば、漁の対象になっているイルカは絶滅危惧種の種類では無い。

そしてシー・シェパードが現場で訴えることはパフォーマンスを超えることができない。

私が一番気になったのはその手法。

シー・シェパード側の活動家は、イルカ漁の動画を撮っている人はイルカに「レイプされている」という擬人化を用い、漁師には「殺人鬼」とするナレーションを入れている。
この手法――言葉という人間のコミュニケーションでダイレクトなもの――が、聴く人に人間同士の殺し合いのようなイメージを起こさせ、他の視点から見る“客観性”を排除する。
それはイルカを救う活動をしているというよりも、漁に携わる人間への個人攻撃――誹謗中傷に聞こえてしまう。

またシー・シェパード側が提案した別の方法にも疑問を覚える。
「捕獲したイルカを買い取る」というが、それは漁師に言うべき話ではない。
彼らには既にクライアントがおり、ビジネスである以上、それを覆せない。信頼に関わることなのだから。
もしそれをするなら、漁師だけでなくビジネス相手――クライアントとも交渉すべきではないか?
何より太地町のイルカ漁はスポーツハンティングとは違う。
漁師の漁業で、彼らの生活がかかっている。

グローバリズムと情報リテラシー

反グローバリズム傾向が強まる現在――ナショナリズムの台頭への懸念――が叫ばれるなか、排他的になること、中傷することではないだろう。
それは結局、人間のちっぽけな尺度に過ぎない。

何故、イルカ漁がダメなのか?
反捕鯨活動で取り上げられる様々な“論拠”――「知能が高い生き物だから食べちゃダメ」「水銀があるから食べちゃダメ」……

知性が高い生き物を食べてはならないという発想(※2)が欧米にある。
しかし、動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか?
人間は確かに動物の知性が分かる。しかし、未だに全ての動物の知性を科学という小さな尺度で測り切れていない。(※3)
まるで家畜にその知性が無いからと殺して良いともとれる価値観は人間の欺瞞に思える。
これは私の想像だが、動物には人間とは違う知性に基づいて判断で行動していること、人間とは違う造形であるがゆえにとれる手段が限られているだけ――それが人間よりも劣っているとは言えないだろう。家畜も然り。

その論拠の一つに、脳が人間に次ぐ大きさを持っているイルカは人間と同格と見なされる。
まるで選民思想――ひいては自身の優位性という傲慢を促し、他を差別するもの――の延長のようで、不快なのだ。

生き物を殺さないと私たちは食べれない。
日本の価値観では動物と人間が同等な“命のサイクル”の上にあると見なしている。命の価値は何一つとして特別なものはない。
汎神論的な命の繋がりを信じている私は、食物連鎖から逸脱した人間が優位であるという考え方は欺瞞に覚える。

「他のものを食べればいい」というが、太地は農作物を作るには不適切な地理だった。農地・牧草地にする土地が少ない。

また、クジラやイルカの体内の水銀保有から、水俣病と関連させて健康被害の可能性を論じられる傾向がある。
しかし太地町に住む人たちが水銀中毒で短命であるという話は聞かない。


映画を観る前に、この映画の書籍版を購入、読了。
おクジラさま ふたつの正義の物語
佐々木監督自身の視点・感想や、映画では描かれなかった諸々の経緯とデータが文章化されている。
その中でも、人間中心主義問題、水銀問題について、佐々木監督が取材や調べてわかったことを簡単に書いている。

歯クジラ類がメチル水銀(※4)の毒性を抑えるセレン(※5)を体内で準備し、結合させて無毒化する事故防衛力が備わっていたことを指摘していた。(※6)
ザ・コーヴ』ではそのことが一切触れられていない模様。
映画『おクジラさま』書籍、パンフレット、プレス

日本の問題点

映画の中でも書籍でも語られているが、海外への情報発信の下手さを指摘している。
情報発信が少なすぎること、日本語サイトしか無いこと……
もっとも、イルカ漁に関わる人たちは漁師。情報発信の人手もなければ時間もない。

よく比較に出されるフェロー諸島(ノルウェー)の捕鯨の場合、自治政府が捕鯨の専門サイトを立ち上げたり(※7)、警察や海上保安庁だけでなく海軍出動も派遣され、シー・シェパードの動向を監視したとか。

日本も学ぶことが多いが、他にも問題がある。
フェロー諸島の捕鯨はノルウェー国内で完結しているが、国外(南極)へ行ってミンククジラを調査捕鯨するのは日本くらいだ。
調査捕鯨の目的、水産調査の結果は公開されていたが、PDFだった。(※8)凄く見づらい。
こういった情報をhtml形式にしてもっとアクセスしやすくしないと、世界に対して誤解を招いたままになってしまうのではないか?

調査がクジラである理由は、クジラが食物連鎖の頂点であるためらしいが、他の方法ではダメな理由が分からなかった。
調査によってクジラが種類によって食べる魚の種類が異なること、更に季節によって食べるものが変わるという。
日本食ブームで国家間の水産資源の争奪戦も懸念され、さらにクジラもライバル視しなければならないのか……(´・ω・`)
ではこのデータ、‘生態系アプローチから見る海洋生物資源の管理’とはどんなもので、何を世界に対して提言しているのか、明言されていなかった。


そもそも『ザ・コーヴ』は問題を混ぜこぜにしているのではなないか?
地産地消をしていた太地町のイルカ漁と、日本政府の調査捕鯨を。これは全く別物と考えるべきだろう。
太地町のイルカ漁の場合、日本の食卓を支えるものでは無く、地産地消として一定の地域の人々を支えているものであるというのが実態だった。

調査捕鯨のクジラの場合、「もったいない精神」から、その肉は一部クジラ肉は食肉として提供されていた。
それは絶滅危惧種ではないクジラで、捕獲量を厳しく管理して行われている。

太地町の今後について

野生のイルカを見ることができる観光施設としての入り江の活用を考えている模様。
産業が乏しい小さな町の、人口減少に伴う漁師の不足と町おこしからの選択肢のひとつだった。
それはシーシェパードのためでもなく、『ザ・コーヴ』で非難されたからでも無い。太地の人々が考えて導き出された結果だった。
因みに捕鯨を完全に止めるとは言っていない。
これが上手くいくことを切に願う。


正直、この映画を見終わった後しばらく ( はらわた ) が煮えくり返っていた。
それは『ザ・コーヴ』の2010年アカデミー賞受賞の時からあった蟠り……反論であれ分析であれ、それができない私自身の情報の少なさもあった。

世界を良くしたいと願って参加する活動は、寧ろ何の役にも立たないどころか”お門違いなお遊び”状態の“不都合な事実”。
本質を見誤る情報リテラシーの無さ、情報発信力の低さ。

自国の尺度を自国ではない国に持ち込み非難するだけの外国人。
理解されないと無視する、ある意味ムラ社会な日本人。(この問題を「文化の違い」という尺度で片付けている事は、情報発信の放棄ともとれる)

おクジラさま』を拝見して、映画『ザ・コーヴ』のおかしなところを理解した。これで安心して『ザ・コーヴ』を観れる。
「イルカが可哀想」ではダメなのだ。それはただの感情論なのだから。つまり理性的……客観性も、公平さもない。


クジラの天ぷら
映画を観た後、イルカではなくミンククジラ(調査捕鯨のもの)に感謝を込めて「いただきます」
独特の野生動物の味がした。
それは家畜にはない深みのある味だった。
ジビエの肉に近い。
身が締まっていて、力強い。噛み応えがある。
凄く“私は命を頂き生かされている”ことを、より意識させられた。
私にはとても美味しかった。
  1. 我々の偏見(バイアス)は思った以上に強固。事実ですら完全に無視をする(フランス研究) : カラパイア / 2017年09月10日
    http://karapaia.com/archives/52245557.html (2017/11/7確認)

    Confirmation bias in human reinforcement learning: Evidence from counterfactual feedback processing / August 11, 2017
    http://journals.plos.org/ploscompbiol/article?id=10.1371/journal.pcbi.1005684#sec010 (2017/11/7確認)

  2. 人は動物をどのように観てきたか | 愛玩動物飼養管理士@試験対策ノート
    http://pet-breeding-man.com/2014/11/article9-1/ (2017/11/7確認)
  3. フランス・ドゥ・ヴァール『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか
    動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか
  4.  メチル水銀(Wikipedia / 日本語)
    https://ja.wikipedia.org/wiki/メチル水銀 (2017/11/7確認)
  5.  セレン(Wikipedia / 日本語)
    https://ja.wikipedia.org/wiki/セレン (2017/11/7確認)
  6. 佐々木芽生『おクジラさま ふたつの正義の物語』 集英社 [第5章] p.185
    坂本 峰至『メチル水銀毒性とセレン』第43回日本毒性学会学術年会 (公開日:2016/8/8)
    http://doi.org/10.14869/toxpt.43.1.0_S8-1 (2017/11/7確認)
  7. シー・シェパードVSデンマーク 日本が学ぶべきフェロー諸島の対策』 WEDGE REPORT (公開日:2015/7/31)
    http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5223 (2017/11/7確認)

    WHALES AND WHALING IN THE FAROE ISLANDS(フェロー諸島自治政府の捕鯨専門サイト / English)
    http://www.whaling.fo/ (2017/11/7確認)

  8. 捕鯨問題の真実』(pdf)
    http://www.icrwhale.org/pdf/04-B-k.pdf (2017/11/7確認)

    (一財)日本鯨類研究所 : パンフレット( http://www.icrwhale.org/04-B-l.html ) > 捕鯨問題の真実 English, Français, Español (2017/11/7確認)

    この情報、捕鯨反対派も肯定派も気になる日本側の主張、内容が良くまとまっているはずなのに、たどり着くまでに時間がかかった……
    まず、Google検索では出てこなかったし、pdf形式だからwebブラウザからではとても見づらい。
    おまけにpdfのタイトル名がどの言語ヴァージョンでもついてなく、あっても「スライド1」となっていた。(要するにパワーポイント使って作ったことが一目でわかる、編集してない。さらに現在、Google検索エンジンは、タイトルと本文が一致していないものを省く傾向がある。)
    つまり、一般の人に周知させる気、全くないという印象がある。
    これだから諸外国の何も知らない人にネタとして叩かれたりするんだよ……

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