神聖ローマ帝国皇帝 ルドルフ2世の驚異の世界展

白黒イラスト素材【シルエットAC】
JUGEMテーマ:展覧会

神聖ローマ帝国皇帝 ルドルフ2世の驚異の世界展
公式サイト:
http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/18_rudolf/

またも開催期間終了間際に行ったので、終わってしまった展覧会の備忘録……
アルチンボルト展の補完も兼ねて行ってきた。

今回の展覧会で学べたことは、奇想の画家・アルチンボルトの発想の源であるクンストカンマー(驚異の部屋。様々な珍品を集めた博物陳列室。ヴンダーカンマー。ここでは展覧会に倣い、引用以外クンストカンマーに統一。)、その片鱗とルドルフ2世の人柄と、を垣間見た。

当時最先端の知識であった占星術、錬金術への関心は、国策として学問を推奨した一環ではなく、ルドルフ2世の自己の欲求・自己実現のためという印象が、私には強かった。


私はそれまで、マニエリスムの画家たちによる『オルフェウス』『ノアの方舟』を主題にした絵画を観た時、画面構成、深い森の描写と動物の種類の多さに圧倒されていた。
アルチンボルト展を観てから、クンストカンマーや博物学的な視点から描かれた背景を知った上で鑑賞すると、1枚の絵画がひとつの動物園だったことが分かる。

アルチンボルトの名画だけではない。
絶滅前のドードー鳥の姿を描いたことで有名な鳥専門の画家・ルーラント・サーフェリー。ヤーコプ・フーフナーヘルの花蝶図を見ていると、後のバンクス花譜(※1)やキュー・ガーデンの植物誌『ボタニカル・マガジン』などの後のボタニカルアートに通じることがわかる。

マニエリスムの画家たちの動植物への観察眼に、世界を理解しようとする情熱を感じた。

ヨーリス・フーフナーヘル(※2) 《人生の短さの寓意(花と昆虫のいる二連画)》
展覧会の宣伝を見て、私が一番見たかったもの。

学術的な細密描写に加え、装飾性に優れた構図、寓意に満ちた――メメント・モリを強く意識させる――美しい絵だった。

シンメトリックな美しさは、後のグロテスク様式(※3)の系譜だろうか?
ヨーリス・フーフナーヘル《人生の短さの寓意(花と昆虫のいる二連画)》
ヨーリス・フーフナーヘル《人生の短さの寓意(花と昆虫のいる二連画)》
変態する蝶はそのまま変容の象徴で、魂、人の一生を暗示している。蝶が古代ギリシャ語で魂を示すことも含めていると思った。

バルトロメウス・スプランガー《ヘラクレスとオムパレ
男性的原理の象徴のような、英雄ヘラクレスが女装することで有名なエピソードが主題(※4)。
男女の役割を入れ替えた滑稽さよりも、両性具有的なもの、錬金術的な融合を暗示しているように、私には思えた。
ヘラクレスとオムパレの顔は半面しか見えず、接吻あるいは融合しているような配置はからもそれが伺える。

プラハ城に収蔵された彼ら(アルチンボルト、ルーラント・サーフェリー、ハンス・フォン・アーヘン、ヨーゼフ・ハインツ(父)、ヨリス・ホーフナーゲルと前述)の作品にはギリシア神話に題材を借りて男女の交歓を描く、エロティックな絵が数多く含まれていた。男と女という対照的存在の交わりは、当時、錬金術的な寓意をもっていた。錬金術とは、さまざまな素材を掛けあわせ、本来人工的には作りえないはずの金を精製しようというもの。その根底にある考えは、異質なもの同士を組み合わせて新たなものを作り出そうということだ多種多様なものを描き込んだ結果、最後に人の顔が出現するアルチンボルトの絵とも通じる。

小宮正安『愉悦の蒐集 ヴンダーカンマーの謎』 2007年 p.113 カッコ内、亜綺羅追記。

(集英社新書)">愉悦の蒐集 ヴンダーカンマーの謎 <ヴィジュアル版> (集英社新書)"></a></p></blockquote><p>その融合がアルチンボルトのだまし絵を生むひとつの布石だった。</p><div id=目次

ルドルフ2世の人物像について

展覧会会場では、文芸に造詣が深い王として紹介されていたが、その略歴を見ると、あまり幸福な王とは思えなかった。

暴君と言われた古代ローマ皇帝ネロ、狂王・ルードヴィッヒ2世の例に漏れず、政治的に無能とされる王は文化・芸術を愛好する傾向があるし……
展覧会会場を廻っていていて、ルドルフもそうだったのだろうと考える。

ルドルフ2世の人物像を知りたくて、会場を出たあと、簡単な書籍を斜め読みしてみたが……
エピソードや人物像に、本もウェブもページを割いたものが皆無だった!(※5)

いかにも無力な君主だった。失敗つづきで、ハンガリーやモラヴィアやオーストリアから愛想をつかされた。向こうみずな勅書を出して信教の自由を認めたために、宗教界に大混乱をきたした。軍にそむかれ、ドイツ軍がボヘミアの領界を侵しても見すごすしかなかった。あげくのはてはボヘミア王の王冠を弟のマティアスに奪われた。

池内紀、南川三治郎『ハプスブルク物語』 1993年 p.43

ハプスブルク物語 (とんぼの本)

ルドルフ2世のクンストカンマーへの情熱は、現実逃避という解釈がされてる。
今回の展覧会を観て私は、全てを放棄したのではなく、ルドルフ2世自身は良い王になりたかったのだと思う。(後の狂王程ではないという意味で)
対立ではなく、ルドルフ2世が理解できる基準(占星術や錬金術)で分類された調和のとれた世界で。
その理想がクンストカンマーだった、と。

しかし、‘ルドルフ二世が夢見た、ヴンダーカンマーを通じての帝国再建は幻に終わった。政治の世界では、現実的な手腕が大手を振り始めていた。ルドルフ二世は奇人皇帝のレッテルを貼られ、失墜した(※6)’。

ルドルフ2世の秩序ある混沌は、結局のところ現実世界には何の効力も無かった訳だ……

私にクンストカンマーへの関心を高くさせたのは、昨年見た映画『エイリアン:コヴェナント(以下、コヴェナント)に出てきた、ディヴィッドの研究室。
クンストカンマーそのものだった。
コヴェナント』を観ていて、ディヴィッドのそれは、“エンジニア”の技術をを理解しようとする試みよりも、エイリアンという生命を生み出そうとする情熱よりも、「何か」を支配しようとする思いの方が強い印象を受けていた。
アルチンボルト展でクンストカンマー(ヴンダーカンマー)を調べた時、私の中でそれが確信に変わった。

そういえぱ、『エイリアン』シリーズにおける、デザインを手がけた、H・R・ギーガー氏。
晩年の彼を捉えたドキュメンタリー映画『DARK STAR /H・R・ギーガーの世界』(以下、ギーガーの世界)で映し出されるギーガーの家は、自身の作品と本などが積み上がっていた。『ギーガーの世界』に出てきた精神科医は、戦争経験者の収集癖の強さを指摘していた。(※7)
中世の貴族の流行もさることながら、ルドルフ2世にトラウマがあったのではないだろうか?

物を溜め込む習性――現代では一般市民が「片づけられない」“汚部屋”に悩んでいる傾向が強そうだ。

わたなべぽん『ダメな自分を認めたら、部屋がキレイになりました』など片付け本で指摘されるように、物への蒐集・執着はコンプレックスを補うための武装であり、結果、部屋が物で溢れかえる。
ダメな自分を認めたら、部屋がキレイになりました (メディアファクトリーのコミックエッセイ)

蒐集品が増えすぎてしまった結果、従来のように一つの空間ではヴンダーカンマーをまかないきれなくなったという事情もある。蒐集品の中にはプラハ城に運び込まれたのはよいが、結局荷解きされぬまま倉庫に眠ってしまったものも多数存在した。

前述『愉悦の蒐集 ヴンダーカンマーの謎』 p.115

ルドルフ2世は皇帝だからか、経済力も居住空間も申し分ない広さがあったため、生活に支障をきたすような汚部屋にはならなかったようだけど……

そのコレクションも、ルドルフ2世の失脚と共に首都がウィーンに戻されたり、各国の侵略の戦利品として持ち出され、散り散りになった。
ルドルフ2世の驚異の部屋はもうない。
その片鱗が、今は私たちの目と想像力を楽しませてくれる。

  1. Bunkamura25周年記念 キャプテン・クック探検航海と『バンクス花譜集』展 | Bunkamura
    http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/14_banks/index.html ( 2018/3/24 確認 )
  2.  Joris Hoefnagel
    https://artsandculture.google.com/entity/m050c85 ( 2018/3/24 確認 )
  3. グロテスク(Wikipedia / 日本語)
    https://ja.wikipedia.org/wiki/グロテスク ( 2018/3/24 確認 )
  4. 同主題を扱った絵画は多々ある。《ヘラクレスとオンファレ》 | ルーヴル美術館 | パリ
    https://www.louvre.fr/jp/oeuvre-notices/《ヘラクレスとオンファレ》 ( 2018/3/24 確認 )

    作品詳細 | 東京富士美術館 > ヘラクレスとオンファレ
    http://www.fujibi.or.jp/our-collection/profile-of-works.html?work_id=485 ( 2018/3/24 確認 )

  5. ルドルフ2世 (神聖ローマ皇帝)(Wikipedia / 日本語)
    https://ja.wikipedia.org/wiki/ルドルフ2世_(神聖ローマ皇帝) ( 2018/3/24 確認 )
  6. 6 前述『愉悦の蒐集 ヴンダーカンマーの謎』 p.126
  7. 7映画の字幕では特に明言はされていなかったが、おそらく溜め込み障害(Hoarding Disorder)を指しているのかもしれない。強迫的ホーディング(Wikipedia / 日本語)
    https://ja.wikipedia.org/wiki/強迫的ホーディング ( 2018/3/24 確認 )
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