ミュシャと日本、日本とオルリク

白黒イラスト素材【シルエットAC】
JUGEMテーマ:展覧会

『ミュシャと日本 日本とオルリク』チラシ
半年前に見た展覧会の感想を絶賛消化中……

千葉市美術館にて。
http://www.ccma-net.jp/exhibition_end/2019/0907_1/0907_1.html

前回観に行った展覧会みんなのミュシャに続くような内容。
チェコ出身の二人の画家(イラストレーター)の画業を通して見る“ジャポニズム”(日本から西洋への影響)と、西洋から日本への影響を見る展覧会だった。
その共鳴を楽しむ。

ミュシャの作品は直近の『みんなのミュシャ』と被るものもあり、作品の個別の感想は割愛。どちらかというと展覧会全体のになってしまった。


ヴァレンティン・ヘルディチカ《「日本の版画 ブルノ P.U.Vクラブ第31回展覧会」ポスター》
会場の最初には、ミュシャにも影響を与えた“ジャポニズム”の基となったものを紹介。
琳派の版本、染物の型紙、浮世絵。
紙媒体、陶磁器などの工芸品を介して、日本という国がまず認識されていく。
植物文様と西洋絵画にはない大胆なトリミングがヨーロッパの人々に衝撃を与えた。

それらはパリからチェコにも広がる。
ヨーロッパの人々が少ない資料から描き出した着物は、やはり日本人の私から見るとどこか変。エマヌエル・スタニェク《「貿易商メゾン・スタニェク」ポスター》の東洋人がまとっている着物?は、糊がきいておらずしまりがない。ゆったりとガウンを羽織るように着ていて、2枚羽織った上から帯揚げで結んでいるような感じ。
カレル・シムーネク《「パノラマ・ゲア」ポスター》は、着物の描写はリアルだが、扇子と花を持ったスタイルに違和感を覚える。おそらく三味線などを持っている芸妓の写真かをみながら作成したような形をしていた。

ヨゼフ・コジェンスキー(著)『日本』 1895 表紙

旅行家であるヨゼフ・コジェンスキ―『日本』という訪日旅行記の、松に鶴という日本的な意匠をあしらった装丁が印象的だった。金色のアルファベットの組文字が恰好良い。
この本は日本語訳が現在も出版されていた。

こうした記録、紙媒体を通して“ジャポニズム”が広まったことを考えると、装丁、ポスター装飾を多く手掛けていたミュシャが取り入れるのも、何となく頷ける。
ジャポニズムのポスター芸術は、アール・ヌーヴォーの、ミュシャの作品に引き継がれる。

ミュシャの連作〈宝石〉シリーズの4作品が展示されていた。それには作品の女性を模した額装が施されていたが、当時のものでもなく、作りが甘かったので残念……

華やかなミュシャとチェコのポスターを堪能していると一転、日本の原風景の作品群。

この展覧会で初めて知った、エミール・オルリクという人の作品だった。それらは当時の日本の風俗と日本美術を異国に伝えたのだろう。

チェコ人であるオルリクからすれば、日本の風景は異国であり“異世界”だ。だが鑑賞者の私には、過去の世界ではあるものの“日常の風景”の延長のように思え、目新しさは感じない。
郷愁でも「いつか見た風景」という感覚も、不思議なことに乏しかった。

当初の“エセ日本”に違和感を覚えていたのだが、乏しい資料の中で想像力を駆使し、異国への情景をこめて独自の解釈をした“エセ日本”には華やかさがあった。
オルリクの木版にあるリアリティはそれを一切排した記録写真のようでもある。故に、珍しさを感じなかったようだ。

今回の“ジャポニズム”を通して私が自覚したのは、日本を見たいのではなくジャポニズムという独特な世界をみたかったという事だった。

オルリクは日本の原風景を紹介しただけではなく、日本の多色木版画をヨーロッパに紹介した。リトグラフ(石版)での多色刷はあれど、木版での多色刷は斬新だったようだ。
訪日して日本の版画を学び、ウィーン分離派で作品を出展していた模様。そのはっきりとした実線のデザインが、ウィーン分離派のポスターデザインにも取り入れられたようだ。

ジャポニズムに影響されたアール・ヌーヴォーは日本に影響を与える。『みんなのミュシャ』でも展示されていた、雑誌『明星』や『みだれ髪』の表紙など。

最初期のそのままミュシャのデザインや植物文様を流用した作品が、次第に日本人のグラフィックデザイナーの手によって次第に独自路線を歩んでゆく様がわかる。
杉浦非水による三越呉服店のポスター《春の新柄陳列会》(※1)は、パッと見てアール・ヌーヴォー風ではないが、着物の柄や背景の文様にそれらを見ることができる。

他にも影響を受けた日本のグラフィックはアールヌーヴォー様式またはその系譜ともいえる植物文様の装丁が展示されていた。残念だったのは、展示されている点数が多すぎであること。
ただ陳列されているだけで、どういった本の表紙なのか、なぜアール・ヌーヴォーの様式が採用されたのか、展示物から伺い知ることができなかった。それについて言及したキャプションも無かったし……

その答えのひとつが、ヨーロッパで一世を風靡したアール・ヌーヴォーが“ジャポニズム”の流れを汲んでいる事で、日本では「海外に通用する日本的なるもの」として利用されたことを指摘している。
大塚英志氏は日本がアジア圏で初めて先進国として認められる機運をつくった日露戦争の際に、戦争雑誌や戦争絵ハガキという特需の中でアール・ヌーヴォー様式の図案が開花したことを挙げ、その理由を下記のように述べている。

国威発揚のメディアやツールにその時点で最も西欧式というパブリックイメージであったアール・ヌーヴォーあるいはミュシャ様式が「日本」を表象する図案として選ばれたともいえる。それは西欧に肩を並べた戦争にある意味ふさわしい表象だったからである。
だとすれば、森鴎外や田山花袋の日露戦争の従軍記がやはりアール・ヌーヴォーで飾られていたことは当然だと言える。それはやはり「近代」日本の表象にふさわしかった。

大塚英志『ミュシャから少女まんがへ 幻の画家・一条成美と明治のアール・ヌーヴォー』角川新書 2019 p.209

展覧会の図録でも 日本の作家たちにとって、ジャポニズムからアール・ヌーヴォーにいたる現象を取り入れることは、ヨーロッパという他者の視点を得て、日本における近代の揺籃期を見直し、再構築する動きだったのではないだろうか。(※2) と、アイデンティティの確立に繋がる意匠の象徴であったことを指摘していた。

展覧会を見終わって、諸々の参考資料に目を通し、この展覧会の意義を思う。
私の浅学さ故とはいえ、美術館で本物を見ているときにそれを理解できなかったことが残念だった。

エミール・オルリク『KOKORO(こころ)』(ラフカディオ・ハーン著)1905

会場の最後の方にオルリクが手掛けたラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の本の装丁があった。
金と黒で彩られた日本風の植物文様が敷き詰められ、中央を白地と金色の罫線で四角くかこった、中世の装飾写本のようなデザイン。
ローマ字読みアルファベットで『KWAI D¯AN(怪談)』『KO KO RO(こころ)』と、組文字でまとめられている。(日本人の私は理解できるが、当時のチェコの人々に本のタイトルの意味が理解されたとは考えにくい。)
今見ても斬新で、エキゾチックなデザインで惹かれてしまった。


展示されている作品が多かったためか、色々と消化不良気味……
欲を言えば、展示品を絞ったり、もっと解説や展示の見せ方を見やすくしてくれればいいのに……と思っていた。

相互に影響を与えあったであろうことは想像に難くなかったが、展示品よりもよくまとまった図録によってそのことを実感した。

パリでのジャポニズムは、新しいもの好き、斬新さを好む異国趣味、一過性の熱狂だったと思う。しかしチェコの人々にはそれよりも長く愛され、1940年代頃まで続いたそうだ。
当時、パリでの流行は一過性のものに過ぎないことを肌で感じていた日本人もようだが(※3)、なぜチェコではそうならず長く愛してくれたのかは、展覧会ではわからなかった。チェコの当時の情勢が理由にあったとは思うけれども……

日本ではミュシャの人気は今も高く、『もぐらとじどうしゃ』をはじめとするチェコの絵本もそうだろうし、知る人ぞ知る映画監督シュヴァンクマイエルも愛好家が多いと思う。主旨として親チェコな展覧会ではなかったけど、私の中で親近感が改めて強くなった。

  1. 春の新柄陳列会 | ポスター | コレクション | アドミュージアム東京
    https://www.admt.jp/collection/item/?item_id=60
  2. 井上芳子『ミュシャと日本をめぐる一考察 『明星』周辺のアール・ヌーヴォー需要について』 千葉市美術館ほか編『ミュシャと日本 日本とオルリク』 2019 p.288
  3. 岩村透がかつてのパリを熱狂させたジャポニズムに監視て述べた文章が「芸界囈語」にはある。ジャポニズムに日本人としての自信を深める者が多いなか、岩村はむしろ冷めた目でその流行を眺めている。「西洋人には一体にこういう心持がある、単調という事が大嫌いでなるべく騒動を続けたい。図抜けた、素晴らしい騒ぎを時々やって見たいという心持が常にある」と述べている。岩村には日本にいてジャポニズムの情報を間接的に得るのと異なり、実際にパリでその実態に触れたことで、西洋のモダニズムを冷静に眺める精神があったのだろう。ジャポニズムも数多くの「騒動」、つまり流行のひとつに過ぎないという考え方をしている。

    同上『ミュシャと日本をめぐる一考察 『明星』周辺のアール・ヌーヴォー需要について』 p.287

参考文献
ミュシャと日本、日本とオルリク(千葉市美術館)|美術手帖
https://bijutsutecho.com/exhibitions/4455
千葉市美術館ほか編『ミュシャと日本、日本とオルリク
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