オペラ『椿姫』東京二期会
公式サイト:
http://www.nikikai.net/
前回観たのは『ワルキューレ』、ドイツオペラだったので、今回はイタリアオペラを聞く機会に恵まれた。また異なる音楽性を堪能できて大満足。
丁度この頃、クルーズ船のコロナパンデミックが起り、世界中でロックダウンの気配があった。
公演直前には別の会場のコンサートが中止になるといった動きがあり、気が気ではなかったのだが、この公園は上映され、何事もなく千秋楽を観覧することができた。
アルフレード役を樋口達哉が代役を務めたとの事だが、キャラクターのイメージに合ってていると思った。まだ未熟な青年っぽさを感じさせて。ヴィオレッタ役の谷原めぐみの貫禄がある雰囲気と対を成す感じが伝わってきた。
そして私はただ、ヴィオレッタ役の澄んだ声音と声量にただ圧倒されていた。
第二幕 第二場は劇中劇があって、そのどれもが19世紀末のオリエンタリスムを強く意識させるものだった。闘牛士やエキゾチックな踊りが披露される。
舞台装置
大きな舞台装置が幕ごとに変化してゆくのもオペラの醍醐味。古典的なシーンを再現した巨大なものも圧巻だが、今回のような象徴的な舞台装置が興味深い。
舞台の空間を構成しているのは白く大きな花弁。中央に飾られた黄色い花は蕊で、全体で椿の花を象っている。幕が進むにつれて、花弁は少なくなる。大きな椿は散ってゆく……言うまでもなく、ヴィオレッタの運命を暗示させていた。
声楽家たちの衣装が、次第に色が変わってゆく……第一幕のサロンに招かれた他の女性達は深紅。その中で白く輝くヴィオレッタの衣装はまるで花嫁のよう。第二幕では華やかでも黒になり、第三幕の白いネグリジェは、シンプルながらも原点回帰したような……かつ、舞台同様、椿の最後の花弁のようにも思える。同時に死装束にも。
道を外れた女
『椿姫』の原題が「道を外れた女」という意味だと、ライトノベルで知った(※1)。
道を外れた女……当時の社会階級制度と道徳律という“道”から外れてしまったが故に死んでゆく真実の愛と命。
ヴィオレッタは献身的に愛した人を支えたい、伴侶となって家庭を築こうとする。しかし、高級娼婦という立場――表向きは敬愛されながらも蔑まれ、本妻になるべき身分ではないと周囲は思っている――から、世間に「良かれと思って」離縁を迫られ、ヴィオレッタ自身も表面的にも偽らざるを得なくなる。
結末を知っていても、何度見ても飽くことはない……それがオペラ。
オペラから入ると、第1幕 第3景でのヴィオレッタは
(Si toglie un fiore dal seno. / 胸から花を一輪取る。)
Prendete questo fiore. / この花をお受け取りください。
とあるだけで、どうしてこの花が椿だと分かるのか不明だった。
元々、デュマ・フィスの戯曲『La Dame aux camelias(椿の花をつけた淑女)』だったこと、そのタイトルでは初見でどんなオペラか分かりにくいという理由から、ヴェルディがタイトルを《La traviata(道を踏み外した女)》としたようだ。(※2)
ヴェルディがこのオペラを書いた時、椿が古いブーム?だったことも一因だったかもしれない。
引用元:https://twitter.com/nikikai_opera/status/1231532548821401602
椿――日本的なるもの
今回の『椿姫』が日本的だと思いながら見ていた。
大まかに黒、赤、白の色調に統一された衣装や部隊装置の色合いが日本的なわびさびに通じるものがあるのも一因だとは思う。だが、それよりも椿の花がそれを強調していると私は感じた。
巨大な舞台装置が象徴する花、椿。第一幕でヴィオレッタがが渡す花で、邦題の由来でもある。
その椿は日本原産種だ。
やがてヨーロッパで椿の栽培法が進み、1840年ごろ椿ブームになる。そのはやりを背景に書かれたのがデュマ・フィスの『椿姫』(1848)である。
(中略)
『椿姫』は芝居になり、サラ・ベルナールが演じて大ヒットした。アルフォンス・ミュシャのポスターで知られている。さらにヴェルディのオペラ『椿姫(トラヴィアータ)』になった。
(中略)
しかし19世紀末には椿ブームは衰えていた。20世紀のはじめに椿はまた復活するが、1896年のサラ・ベルナール主演の『椿姫』のポスターはそれを予告していたのかもしれない海野弘『ヨーロッパの図像 花の美術と物語』
タイトルに椿あることで、舞台とその風俗はフランスでも、声楽家が全員日本人であることが凄く合っていると思ってしまった。
こうした折衷も表現できることにも感動していた。
日本を舞台にしたオペラで思い出すのはプッチーニ『蝶々夫人』。ヴェルディの後の人だけれども……19世紀末のジャポニズムの風潮を反映して日本の曲を引用・転用している。
『椿姫』は日本を意識しているものではないが、その中にあるちょっとした日本を意識させられ、それは『蝶々夫人』に繋がってゆくのではないかと想像して、妙な縁を感じてしまう。
野村美月『“文学少女”と穢名の天使』。モティーフはガストン・ルル―『オペラ座の怪人』だが、キャラクターのイメージに『椿姫』を用いている。- 坂本鉄男『ヴェルディ 椿姫』
- 参考文献
- パンフレット『東京二期会オペラ劇場 椿姫』2020年
ヴェルディ 椿姫 (オペラ対訳ライブラリー)
ヨーロッパの図像 花の美術と物語