映画『シェイプ・オブ・ウォーター』感想 ――水のかたち、愛のかたち
公式サイト:
http://www.foxmovies-jp.com/shapeofwater/
大好きなギレルモ監督の作品。
SFやファンタジー映画は受賞が難しいと言われるアカデミー賞(※1)において、作品賞を受賞した。(私の記憶の中では、せいぜい視覚効果賞くらい)
見終わったあと、心にしっとりと染み入るものがある。
極端な解釈をすれば、社会派な異類婚姻譚だった。
スクリーンの中では、あらゆる表現に多様性がある。 アカデミー賞を受賞したのは、排他的でマイノリティにNOを突き付ける現政権に対するけん制だろうか…などと穿った見方をしてしまう。
あるいは物語の中で、懐古趣味的な強いアメリカ「かくあるべし」に固執し行き過ぎた時の、閉塞感と挫折あるいは破滅を端的に表していることに気付いたのだろうか……
声を失い手話ではなす主人公・イライザをはじめ、彼女をとりまく人々は、マイノリティであるが故に社会の底辺を生きる人々だ。
黒人のゼルダ、時代の変化に取り残され失業している同性愛者・シャイルズなど。
色々な考えが、断片的に浮かんでくる…下記はちょっとした考察。
ギレルモ監督作品にお馴染みのダグ・ジョーンズ氏演じるクリーチャーは、パンフレットでは「不思議な生きもの」となっていたが、見た目から勝手に“魚人”とする。
覆される“イメージ”
色
映画全編を通して、青緑と深赤のコントラストが美しい。
ギレルモ監督の前作『クリムゾン・ピーク』では深紅が印象的だったし……まるでそれに対を成すような色彩。
『クリムゾン・ピーク』では色が登場人物の心象を象徴したり、今後の展開を暗示するものだった。
緑はアメリカでは不吉の色(※2)とされていたり、赤には冒頭の火事、鮮血を意識させる。
緑と赤に不吉なイメージを見いだしてしまう偏向した考えにたいして、釘を刺された気がした。
物語――神話、童話
ゼルダがデリラ――旧約聖書で粗暴な英雄を罠にかけた女性――に見立てられるも、 名前が裏切りを直接暗示することはない。寧ろ機転を利かせ、イライザに危機を端的に伝えた。
アンデルセンの童話『赤い靴』や『人魚姫』を彷彿させる物語展開も、カタルシスを感じさせるものにはならない。
卵と魚 ――融合
鳥のイメージに結びつく卵と、魚(人)は、私の中では対のイメージを持っていた。
空と海、空気と水、高く飛翔するものと深く潜るものといった具合に。
……もしかしたら、押井守作品に感化されている(※3)のかも。(私が)
映画のシーンで、熱湯の中で茹でられてゆく卵と、イライザの浴槽の中で行っているセルフプレジャーのヴィジョンが重なる。
卵は誕生を暗示させ、子を産む能力を備えている女性と密接に関係するだろう。つまり、卵はイライザを象徴するのかも知れない。
そして魚人は言わずもがな。魚。
魚人が卵を食べるのは、良質なタンパク質が必要な生きものであるためだけでなく、愛の成就のかたち、融合をも表わしているのではないだろうか?
卵(復活)と魚(ΙΧΘΥΣ / イクトゥス)、といったキリストを暗示させるし、魚は女性性と結びつき(※4)卵も然り(※5)。
魚人については「アマゾンの原住民は神として崇めていた」といわれていた。そして映画終盤では、それこそ神のような存在として描かれている。
愛のかたち
愛に理由はない等、古今東西、さまざまな表現がされていると思う。
物語上に明確な動機付けはなく、イライザと魚人は交流から情愛が静かに育まれてゆく。
それは水のように形をかえる。
tap dance、love song、そしてmake loveといった具合に。
どちらかの死による別離でもなく、イライザが『人魚姫』のように泡となって消えることもなく、『美女と野獣』のように魚人がイケメンに変身することはなかった。
愛の成就、博士が指摘したアマゾンの神の恩恵は、愛を与えたものに与えられた。
懐古趣味 ――素敵な音楽と「昔は今より酷かった!」
愛情を伝える手段としての音楽は、「古き良きアメリカ」を象徴するアイコンでもある。
モノトーンのブラウン管から流れる、快活で楽し気な音楽に象徴される、懐古趣味……
その余韻に浸っていると、当時の日常の理不尽が描かれる。 当たり前のような暴力と人種差別と下世話な会話が繰り広げられていたり……
全てが美化されたものではない。あの当時の現実の片鱗ではないだろうか。
ただ、私はアメリカの「今」を知らない。 だから私は、日本の今の基準で見て、落ち着かない狭くて汚いトイレに嫌悪感を抱く。
分煙意識も、禁煙キャンペーンも無かった時代、日本でも 煙草なんてそこら中で吸っていた。
イライザにセクハラをする警備主任のストリックランド。
民間企業でも個人情報保護やセキュリティ対策が重要な現在では信じられないような、ゆるゆるなセキュリティ。(まぁ、フィクションなのでこうしないとお話が進まないだろう。)
男性原理的な成功への執着
鼻持ちならないストリックランド。
敵役で、イライザと何もかもが対照的である彼が、もう一人の主人公と言える。
身だしなみはきちんとしていてお洒落なのだが、人間的にできていない。
丁度、映画『キングスマン』シリーズを観た後だったので、“Manners maketh man”という言葉を送ってやりたいくらいに。
おそらく当人も自覚があるのではないだろうか…自分のデスクで『ポジティブ思考』という自己啓発本を読んでいるくらいなのだから。
彼は行き過ぎた男性原理の負の面の象徴だ。
それを一番に表わしているように思えたのが、彼の下手なセックス。
彼のベッドシーンは、愛ある行為というよりポルノまがいの代物で、強姦しているようにしか思えない。(※6)
着衣のまま、激しくピストンしていた。
イライザは服を脱ぎハグするところからはじまっている。セックスの仕方まで、イライザとは対照的なのだ。
彼は持ち家があり、子供にも恵まれ、彼を愛する妻もいる。しかし、当の彼自身は、絵に描いたような理想の家庭を“演じている”だけだった。
“成功する”という言葉に囚われ、“なぜ成功したいのか”が抜け落ちているように、私には見えた。
例えば「家族を幸せにしたいから」などとは微塵も思っていないだろう。
映画冒頭で魚人に食いちぎられた指は去勢の変化系にも思えるし、所有することが成功者の証とした新車の傷は、彼の男性原理的の傷であり、断たれたことを示している。
成功を求めながら、根本的な部分が欠けていたため、努力しても(そもそもお門違いのため)無駄に終わり、身を亡ぼす。哀れな男の悲劇だった。
断っておくが、これは「清貧者が救われる」という古い聖書解釈的な意味ではない。「本当に大切なものを大切にしたものが、互いに満たされ、昇華した」話だ。
- どうでもよい蛇足
- ギレルモ監督、決して美人とは言えない人を起用しても、すごく魅力的なキャラクターになる。凄い。
- 魚人の姿にメガテンのアズミを思い出した……(パクリ疑惑とかではなく、偶然の一致として面白いと思っている。)
- アカデミー賞はSFに厳しい?!アカデミー賞受賞を逃したSF映画
https://ciatr.jp/topics/19166 - アメリカでは何故、緑が不吉であるかはわからなかった……
ヨーロッパにおいて、緑が深い森林の色であり、キリスト教前あるいは異教(自然崇拝)の色として徹底的に排除されたことを一因とするものもあった。- 参考文献
- small letter* labo 【追記しました】緑で手紙を書くとNGな理由
http://letterlife.blog137.fc2.com/blog-entry-292.html - 映画の中の色彩 《緑の衣装は何を意味するのか?》 | 美しい生き方は20年のパリ生活が教えてくれた!90Days パリジェンヌ流ライフスタイル革命!
https://ameblo.jp/11commerce/entry-11496030869.html - 浜本 隆志、伊藤 誠宏 編著『色彩の魔力 文化史・美学・心理学的アプローチ』
- 21世紀研究会編『色彩の世界地図』
- 朝日新聞デジタル:「犬・鳥・魚」講座その2 ヒロインは不吉だ – 小原篤のアニマゲ丼 – 映画・音楽・芸能
http://www.asahi.com/showbiz/column/animagedon/TKY201201220106.html - Fish(魚)
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/antiGM/fish.html - Egg(卵)
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/antiGM/egg.html - 双方を双方でいたわりながら行うものがMAKE LOVE。“スローセックス”という言葉で日本でも認知度が上がってきていると思う。
上記本で男性優位で射精だけを目的にした“ジャンクセックス”なるものは、一番ダメなセックスだった。