映画『推理作家ポー 最期の5日間』感想
公式サイト:
http://www.movies.co.jp/poe5days/
(原題: The Raven)
And the raven, never flitting, still is sitting, still is sitting
On the pallid bust of Pallas just above my chamber door;
And his eyes have all the seeming of a demon’s that is dreaming,
And the lamp-light o’er him streaming throws his shadow on the floor;
And my soul from out that shadow that lies floating on the floor
Shall be lifted – nevermore!
あの有名な行を意識せざるを得ない冒頭。
この映画はポーのミステリアスな最期が題材になっている。
ポーの小説に出てくる事件を真似た犯罪が起こり、恋人のエミリーまで事件に巻き込まれてしまう。
ポーは自身の命と作品にかけて、犯人を追う――
ポーの作品を知っていると、オマージュとなっているタイトルが気付ける楽しみがあるのではないだろうか。
恥ずかしながら『落とし穴と振り子』を私は読んでいなかった。良い機会なので今度手に取ってみようと思う。
『落とし穴と振り子』(青空文庫)
https://www.aozora.gr.jp/cards/000094/card1871.html
原作者と模倣犯の頭脳戦。
推理小説の伝統である、細かいディテールが手がかりである事に言及した仕立て。
そこにポーの小説と博識から読み解いていく。
巧妙なトリックがあるとは違う、観察眼が真相に導く筋立てのものは日本のサスペンスもの(時刻表トリックばかり!)には久しく見られないものだったので、楽しかった。
些細な証拠をさり気なく示唆する演出は、ロバート・ダウニー・Jr.主演の映画『シャーロックホームズ』シリーズのには及ばないかも知れない。でも面白かった。
この映画があくまで“ポーの謎めいた最期”を題材にしている。
ディティールから全て、彼へのオマージュだ。ゴシックな雰囲気の方に力が入っている。
そういえば作中で、ポーが淑女の集まるサロンで詩の朗読会をするシーンがあるが、その中で道化的な淑女の容姿は、ジョン・テニエルが描いた『鏡の国のアリス』の公爵夫人にそっくりだった。テニエルは詩『大鴉』の挿絵も担当している。それを暗に示している気がした。
終盤の真犯人との対峙は鏡を挟んでいるかのようにシンメトリーな動きをしていた。
犯人は自身とポーは同一の天才と語るが、ポーはこれを否定する。
ジョン・キューザック演じるポーが印象的だった。
アルコール中毒のような、神経質な手の震え。
ポーのイメージに合っている。
昔は麻薬中毒者であったという説があったが、これは捏造だそうだ。
主たる俳優陣にグレートブリテン及び北アイルランド連合王国(イギリス)出身の人が多く起用されていた。
ポーの国籍はアメリカだが、両親は共にアイルランド移民だったらしい。その辺りも意識していたのだろうか。
『モルグ街の殺人』『黒猫』『大鴉』どれも学生時代に親しんだが、当時は詩/死の雰囲気に酔いしれるに留まっていた。
改めて興味を持ち、ちょっと調べると彼の作家人生が後世に多大な影響を与えていた事を知った。
エドガー・アラン・ポー(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%89%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9D%E3%83%BC
推理小説、ゴシック小説、ホラー小説…そうしたジャンルの草分け的存在だった。
最後に名前が出てくるジュール・ヴェルヌ(『海底二万里』『十五少年漂流記』)もポーの作品を愛読していたという。
彼の死の真相は謎のままで、上記によると‘死の前夜には「レイノルズ」という名を繰り返していた’という。
この「レイノルズ」が「主よ、私の哀れな魂を救いたまえ(“Lord help my poor soul")」であったなら、それに対しても"Nevermore"(決してない)と鴉は叫ぶのだろうか。
エンドロールが突然モダンな演出で驚いた……そうすることで「この物語はフィクションです」と言われている気がした。
『ヴィドック』(実在した世界初の私立探偵・ウジェーヌ・フランソワ・ヴィドックをモデルとした2001年のサスペンス映画)のような映画だった。
因みに実在するヴィドックの回想録はポーの探偵小説に影響を与えたそうだ。
ポーへの讃歌の映画だった。