映画『ジュラシック・ワールド 炎の王国』感想――エコテロリスト?物語

白黒イラスト素材【シルエットAC】
JUGEMテーマ:映画

映画『ジュラシック・ワールド 炎の王国』チラシ1
公式サイト:
http://www.jurassicworld.jp/

今年は『ジュラシック・パーク』初公開から25周年という、節目の年だった!!🦖

恐竜好きな子供だった私は、図鑑でみた恐竜たちが動くことに感動し、ワクワクしていた。
大人になってもそれは変わらなかったw

前作では、かつての『ジュラシック・パーク』(以下、『パーク』)シリーズへのオマージュをしつつ、全く別の世界へと変化してしまった……
パーク』では考古学者・ジョン・ホーナー博士を招き、極力?リアルな恐竜映画としたが、『ジュラシック・ワールド』(以下、『ワールド』)は怪獣映画だった……

❗❗以下、ネタバレあり❗❗


ホラー映画!?

映画の表現手法がホラーだった。

登場人物の背後にある配管の中や影に潜む恐竜の姿を、観客は一瞬の閃光の中に垣間見る。
登場人物が気づいていない、恐竜が徐々に近づいてきていることを想像し、観ているとハラハラしてしまう。

極めつけが中盤~ラストの屋敷のシーン。

雷が鳴り響く窓の外、屋根の上の不気味な影。
ベッドの中で息を殺す少女。
窓から忍び込み、恐竜の鋭い鉤爪が少女にゆっくりと伸びてくる――

これが「フレディ」と言われても違和感が無いと思った。
否、むしろ人里離れた深い森の屋敷の地下に研究室や檻があるといった設定は、ゲーム『バイオハザード』を思い出してしまう。

この恐竜映画というジャンル?自体、“怪獣映画”の変化系なのだが(※1)。前作で“ハイブリッド恐竜”なる空想の恐竜が出たのを見て、私は完全に怪獣映画化してしまったと思ったのだが、想像の斜め上を突いてきた……(;゚д゚)ゴクリ…

ワールド』の ウー博士は新種(架空の)恐竜(私にはもはや怪獣にしか見えない)の創造にこだわっているが、それは「自分はこんな風にすごいものを創れる」という優越感にすぎない。
パーク』における、古代恐竜への情景からジュラシック・パークを造った映画版のハモンド氏とは異なる発想。これが『パーク』と『ワールド』の世界観に大きな差を生んでいる。

思えば原題は"FALLEN KINGDOM"――“落ちる世界”とは恐竜の滅亡よりも、人間の堕落の方に掛けようとしていたと思う。
邦題は映画前半の火山噴火――それによる恐竜絶滅という、古い学説(ステレオタイプ)イメージ――に沿ったものだった。
日本での集客的には一般人が想起するイメージが結びついて、そちらの方が良いのだろう。
邦題に関わっているかは分からないけど、字幕は戸田のなっちゃんだった……

2つの世界

今回の映画を通して、『パーク』と『ワールド』では、本的な思想に大きな違い、隔たりがあると思った。

パーク』シリーズでは(『ロスト・ワールド ジュラシック・パーク』(以下、『ロスト・ワールド』)でアメリカ本土でT-REXが大暴れすれど)恐竜の世界と人間の世界は、交わらず、共感しない。
人と恐竜が心を交わさないことで、互いの“距離”を守った。人にルールがあるように、自然には自然のルールがある。

恐竜たちの世界は、人間が再生した世界であっても制御できないことを示し、端的に表した。
そもそも、ジュラ紀~白亜紀という、人間が関わる以前に滅んだ自然――それは転じて“人間が介入できない不可侵な自然”ということの表れでなないだろうか?と私は考える。

手つかずの自然、あるいは人間が不可侵な自然の代名詞である『パーク』。
人間の手に負えない圧倒する自然――ひいては人間の矮小さ――を意識させたが、『ワールド』にそれが無い。

そして『ワールド』シリーズでは人間と恐竜が心を交わしている。

共感?する人間と恐竜

果たして、恐竜に共感能力は存在するのだろうか?

私は爬虫類に共感能力がある想像ができない……

カモノハシ竜のマイアサウラは子育てをしていたのではなないかと言われているが、結局のところホーナー博士らの推測の域を出ないし……

しかし、現代の生物で恐竜に近い種と言われるワニには鳴き声を使ったコミュニケーション能力があるというし、恐竜の子孫ともいえる鳥類のコミュニケーションは多種多様だ。

もしかしたら、そういうこともあり得るのかも知れない。
今まで人間とのコミュニケーションをとる存在では無かった恐竜との共感が、『ワールド』という物語の鍵になるのだろう。

自然から逸脱した人間と、自然の関わり

パーク崩壊から3年後、元パークがあるイスラヌブラル島では火山活動が活発化し、恐竜存続の危機にさらされていた。

パークの管理責任者だったクレアは、恐竜保護を訴える活動家グループの責任者になっていた。映画冒頭でその巧みな話術を駆使して、政治家を支持者にする辣腕ぶりを発揮していた。

前作での罪悪感もあるのかも知れない。
好奇心、探求心を刺激されたことに端を発しながらもうけ主義に至ったこと、そこから生み出してしまったという自責の念から。

その尽力もむなしく、国は「恐竜の命運は自然に委ねる」という方針を打ち出し、火山活動が活発な島にのこす決定を下す。
責任の丸投げともとれるが……人間はあらゆるものを制御できていないのは事実だ。
「自然に委ねる」という言葉に、ふとアメリカのイエローストーン国立公園の自然火災の方針を思い出した(※2)

映画『ジュラシック・ワールド 炎の王国』チラシ2

エコテロリスト?

しかし、 物語が進むにつれて恐竜との関わり方も多様になってゆく。
保護目的だけでなく、儲け主義、ハンティング、金持ちのコレクションとしての競売から生物兵器としての利用まで……

沢山の思惑と価値観が交差する中、『パーク』の根源的な問題とも解釈できる、遺伝子工学への問題提起にも言及される。

とはいえ遺伝子工学への警鐘――キリスト教の聖書的解釈もあってだろうか?人間を創った神の領域に踏み込もうとしている、という罪の意識――を語るとしたら、それは狭義な気がする。現実世界でも……

恐竜保護に協力的であるロックウッド財団の代表。彼の孫娘・メイジーは亡くなった自分の娘(メイジーの母となっている)のクローン人間だった。

人間の都合で生み出された恐竜に(『パーク』の頃よりもより現実味をおびた)クローン人間問題を絡め、個としての生命の尊厳を尊重する結末を、『ワールド』は提示する。

しかしその行動――檻内で瀕死の恐竜と救うため、ゲートを開放し恐竜たちをアメリカの森林に解き放つ。
その行為に、私は(言葉の定義的には違うかも知れないけれど)エコテロリストではないかと思ってしまう。
メイジーの、子どもの無垢とも言える動機、己の出自に関することから恐竜の代弁者のように振舞うのはどうなのか?まるで贖宥状(免罪符)になっている気がしてならなかった。

感情論を前面に押し出す動物保護活動ほど、たちが悪い。私はそう考えるようになった。
過激なパフォーマンスについては言わずもがな、特定の種類だけという選民思想的な人間のエゴでしかない。

人間の世界、それも人口密集地に近い場所で恐竜を放ったら、人間に危害を加える可能性が高い“害獣”扱いを受けて、駆除される可能性が高いのに……
次作は『ロスト・ワールド』のような、『キング・コング』のように都市を舞台にしたパニック映画となってしまうのか?
それは無いと思うけど……

自然と人間の世界の“境界”を守る、それが一番良いのではないか?
そういう視点から、私は『パーク』シリーズの方が良いと思った。

今回の映画冒頭で、『パーク』シリーズからのキャラクター・カオス理論のマルコム博士が姿をみせる。
自然をコントロールしようとする人間のエゴを糾弾するキャラクターだ。
映画の最後では、人間が犯した罪(恐竜)との共生について言葉を残すが、その真意と共に、物語がどの様な結末へ至るのか、興味深い。

  1. レイ・ハリーハウゼン 特殊効果の巨人 (原題”Ray Harryhausen: Special Effects Titan”)にて、スティーブン・スピルバーグ監督は『ジュラシック・パーク』のシーンがストップ・モーションによる特撮『原子怪獣現わる』に影響を受けていたと語る。トイレに逃げ込んだドナルド氏がT-REXの餌食となるシーン。食らいついて首を左右に振るのは、ワニの習性と『原子怪獣現わる』のシーンにインスパイアされている。
    レイ・ハリーハウゼン 特殊効果の巨人 [DVD]
  2. 正式には 1972年から、火災を発見したら直ちに消火するという従来の方針を改め、条件を満たすものは自然による制御に委ねる方式を 採用した。その時点でイエローストーンを含めて 12の国立公闘が落雷による火災で条件を満たすものを管理火災として受け入れるようになっていた。

    これらの地域で管理火災を導入した理由は大きく 3つある。第ーに、この地域の植生遷移には 火災が不可欠であること。、第こには、利用の点からも、燃えやすい落葉落枝の堆積による危 険な大火が防げるとともに、動植物の多様性が維持できるということがあげられる。第三に、火災が安価な白熱環境管理手法であるという点も無視できない。しかし、イエローストーンでは (略) 、処方された焼き払いではなく、自然発火による火災を利用する方式が採られた。すなわち、落雷によって発生した火災は、所定の条件を満たせば自然に鎮火するのに任せることになった。

    伊藤 太一『アメリカにおける自然環境保全空間の成立過程に関する研究』第9章 理想と現実:イエローストーン地域におげる大火災の影響と意義 > 4 .イエローストーン地域の火災への対応の変遷 > 2 )国立公園における取り扱い p.136
    http://hdl.handle.net/2433/78040

ブログランキング
にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
blogramによるブログ分析
PVアクセスランキング にほんブログ村
大容量無料ファイル転送サービス【ACデータ】