特別展『人体 神秘への挑戦』
公式サイト:
http://jintai2018.jp
上野・国立科学博物館( http://www.nmwa.go.jp/ )にて。
~2018/6/17まで。
レオナルドの『人体解剖図』を見に行く。
2009年、六本木・森美術館で行われた『医学と芸術展』における、生命の神秘の探求を、造形美や観る者に想起させるものとは異なるアプローチだった。
何故、かくも人体への神秘に惹かれるのか。
それは"temet nosce"――己を知れ――という人類の自己探求に他ならないと思う。
人間の神秘とその原泉がどこにあるのかを解明しようとする先人たちの努力と、腐りやすいそれらをいかに他へ伝えるか――ムラージュにキンストレーキなどの人体模型、解剖図譜――など、多岐にわたる探求があった。
レーウェンフックの顕微鏡を初めて見た。
話は変わるが、それを見た時レーウェンフックのカメラオブスキュラ(暗箱)がフェルメールに影響を与えたことを思い出していた(※1)。
当時の科学が芸術にも大きな影響を与えていたことを思い出させた。
メダカの尾びれの赤血球の流れを捉えたレーウェンフックの顕微鏡は、現在の顕微鏡と遜色なかった。(若干ピンボケ気味だけど、流れは理解できる)
レオナルド・ダ・ヴィンチ《『解剖手稿』より頭部断面、脳と眼の結びつき部分》
ちょっと意外だった……脳部分の描き込みをしていないことに。
否、脳という器官が一体何を司っているかが理解されていなかったため、脳が心を司っている重要な器官であるという認識がなかった可能性もある。(※2)
レオナルドが解剖に関心を寄せていたのは、“人間の心をいかに絵画で表現するか”を模索する一環で人体構造を把握したかった(心がいかに人体に作用しているかを解明したかった)ためだ。
特に人物の視線を重要視していたレオナルド。
展示されている手稿からは眼球の周り――眼球の筋肉運動――に関心があることが伺える。
精神の運動(喜怒哀楽)によって人間の顔が動く(表情)こと、つまり顔を描くという事は、人間の精神を描き出すことを意味していた。
2017年に上野・国立西洋美術館『アルチンボルト展』で展示されていたレオナルドによる頭部素描もそのためのものだ。
画期的なものである『解剖手稿』。ただし、現在の解剖学からすると間違って描写されている箇所も多い。今回展示されていない《子宮の中の胎児の素描》(※3)で描かれている子宮は牛のものである指摘がされているように。
会場では、人体の器官系統ごとにエリアが区切られ、最初にレオナルドや他の画家・学者らによって残された図譜・研究所が展示され、次にリアルに解明された標本や模型、電子顕微鏡やMRIの写真、CGによる再現が展示されていた。
技術の発展と、それに伴う発見の数々が垣間見れた。
流石に本物の人体は、別コーナー扱いになっていた。
色々な意味で配慮しているのだろうけれど……難儀なものである。
私はそれらを目の前にしても、不気味さを感じなかった。今、目の前にしているものと同じものが、自分の身体の中にあるという実感も……
肺も心臓も、こんな小さなものが私の人体に入っていて、命を刻んでいたり、維持していると……私にはむしろそれが不思議だった。
血の気もなく保存のため硬化している臓器に、当然ながら生々しさは感じられない。
そして個人が特定されることはない匿名性が、臓器を物体として認識させる……
それは私が無意識的に距離を置こうとしていたのかもしれない。
寧ろ骨格の発達の参考として展示されていた、1~5歳児の本物の人骨の方が生々しく、“死”を意識させられた。
私がもう一つ、気になっていた事は、脳についての分野。
別冊日経サイエンス『最新科学が解き明かす 脳と心』などを読んで、そのメカニズムの不思議や認知症、依存症などが脳の認知の問題であることに関心を持っていた。
昨今、話題のAIの問題とも関連して……今現在の人工知能ディープラーニング――神経細胞(ニューロン)の仕組みを模したニューラルネットワークを多層にし、段階的に特徴を分析し学習する――は、まだ人間の思考を再現しきっている訳ではないので。
しかし、そういった研究に対する言及は皆無だった。
「展示する」ことを考えると、表現や資料の作成が難しいためかもしれない。
だだ、ペンフィールドの「体部位再現図」をもとに製作された「ホムンクルス」の立体版は面白かった。
運動野(動かすために使う領域)と感覚野(知覚するために使う領域)で占める比率が微妙に異なること、手指に使う領域の大きさから、その重要性が伺える。
会場後半には、NHKの『人体 神秘の巨大ネットワーク』のスタジオで実際に使用された備品が展示されていた。
レゴでできたタモリさんなど。
1989年の『驚異の小宇宙 人体』は、脳を司令塔に役割分担をすることを前提に、マクロな視点――各臓器・器官の機能について――で解説していた。
今でもよく覚えているのは、免疫細胞についての回。CGで表現された免疫細胞は、体内の出来事なのにメカっぽいデザインで、SFのようだったことを覚えている。
その時映像で見た、電子顕微鏡で写された体内のメカニズムが有機的で質感のあるCGになって、リアリティが増していた。
さらに解明された“メッセージ物質”と呼ばれる、臓器同士が情報交換に使っているタンパク質について紹介し、人体はトップダウン的な指揮系統によって成り立っているのではなく、各臓器の連携・ネットワークがあるという事を解説していた。
会場では『ネットワークシンフォニー』と第し、騒がしくも面白い、メッセージ物質が織りなすネットワークをイメージした4K施設があった。
高画質で表現されたメッセージ物質のクリアなイメージ映像と音と光による演出は「ネットは広大」という台詞を思い出す世界だった。
色々と、比較・体感できる展示に楽しめるものだった。
先人たちの探求や技術の発展によってもたらされたコレクションによって。
4Kのより鮮やかで鮮明な映像技術もまた、体内で何が起こっているかを解析するのに役立ってゆくのだろう。
まだまだ人間にとって人体は未知の世界だった。
2018/6/24追記
《『解剖手稿』より頭部断面、脳と眼の結びつき部分》を拝見して、これが一体何を示しているのか知りたく、前橋重二『レオナルド・ダ・ヴィンチ―人体解剖図を読み解く』を読了。
それによると、レオナルドは脳の役割(五感で得た感覚が1点に集まる場所、霊魂の居場所として)を理解していた模様。
それは先人の知識、それを記した書物によるもののようだが。
《脳と眼の結びつき部分》は、実際の解剖は行っておらず、そうした先人の書物から得た知識に基づいて描いた“空想解剖図”であった模様。
中世の思想家たちは感覚・認知・記憶など脳の高次機能を、脳内にある「脳室」と関連づけて考察した。その伝統的な脳室論にレオナルドが文字どおり新しい〝切り口”を与えたのがこのイラスト。眉間の前頭洞と片方の眼球をそれぞれ正割する2層の断面図=トモグラフィを想像力で重ねあわせて描いたもの。X線による画像情報をコンピューターで処理するCTすなわちコンピューテッド・トモグラフィの遥かなる先駆けだ。右下には水平断層面も。
前橋重二『レオナルド・ダ・ヴィンチ―人体解剖図を読み解く』 新潮社 2013 p.33
《脳と眼の結びつき部分》 の紙面向かって左側、眼球の視線の先に薄っすら描かれていたのは、縦割りのタマネギの断面図。
‘タマネギのように頭部をカットせよ……重層構造がひとめで観察できるだろう’(※4)と記されているようだ。
- 【過去日記】北川健二『フェルメール絵画の謎の本質を読み解く』
- 紀元前4世紀から21世紀まで、脳研究2500年の歴史を辿る。 | 脳科学メディア
http://japan-brain-science.com/archives/59(2018/6/16 確認) - 《子宮の中の胎児の素描》レオナルド・ダ・ヴィンチ|MUSEY[ミュージー]
https://www.musey.net/5787(2018/6/16 確認) - 前橋重二『レオナルド・ダ・ヴィンチ―人体解剖図を読み解く』 新潮社 2013 p.33