映画『ブレードランナー2049』感想

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JUGEMテーマ:SF映画 一般

映画『ブレードランナー2049』チラシ1
公式サイト:
https://www.bladerunner2049.jp/

久しぶりのハードSFだった!
派手な爆破やアクションはない。『2001年宇宙の旅』に通じる哲学がある。
前作『ブレードランナー(以下、「前作」)』同様、いくつもの切り口、見方、問題提起が散りばめられている。

レプリカントという存在から、アメリカの根強い社会問題である人種差別を見ることもできるし、格差社会、環境問題、発展が見いだせない行き詰った閉塞感など、現代社会が抱える諸問題を垣間見る。
古くて新しい、SFの醍醐味だ。

ブレードランナー2049(以下、「2049」)』は「前作」の重層性をきちんと踏まえ(※1)、“その後の物語”を形にしている。

前作」が小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を“原作”としながら全く別物であること、後のSF映画にヴィジョン等影響を与えた(※2)ことは言わずもがな。
そう言うと映画『ホドロフスキーの「DUNE」を思い出す(※3)けれども、ちゃんと映画として形になり、如実に他の映画作品にインスピレーションを与えたのはこの作品だろう。

ブレードランナー』の神話(元型)性

2049」では、あえて「前作」のオマージュシーン、要素が随所にちりばめられている。
それは「前作」はあらゆるSF映画の基礎となってしまったことを念頭にしている表現だと思った。

前作」が提示した、アジア的なごった煮の都市情景、重厚感のある巨大なビル群というヴィジュアルだけでなく、造語・用語の数々、そして物語の根底に流れる哲学的な部分まで。

そこには人間存在の問題提起がある。
人間が人間より高度な存在を作ってしまったら?
ひいては人間は取るに足らない――西洋的な神より祝福された存在ではない――という矮小さを突きつける。同じリドリー・スコット監督の『エイリアン』でも示された問題提起だ。

「人工物」の愛は幻か?

人間自身もはっきりと言語化できない、愛という抽象的な概念の存在に目を向ける設定が興味深かった。

Kは孤独な男のようにも見えるが、ホログラムの“彼女”・ジョイがいる。
レプリカント同士とも違う。有機物と無機物の“人工物”同士の恋愛感情。
プラトニックな情愛というより、“本来の自分自身同士”で愛情表現としての肉体関係をきずけられないもどかしさ……
それに心揺さぶられる。

もし人工知能やアンドロイドが不気味の壁を越え、人権が認められるとしたら、それは人工知能に本気の愛を注ぐ人間の存在があって初めて認められると私は信じている。
段階を踏んで、いつか人工物同士の愛を実現するかもしれない。
この考えに、付喪神の文化を持つ日本人である私には何の抵抗もない。だが西洋の宗教観からすれば、晴天の霹靂だった。

原作のアンドロイドが機械であるのに対し、映画のレプリカントは生命だ。(中略)西洋文化すなわちキリスト教的な世界観では、人間とせれ以外のものは厳密に区別される。人間には魂があり、それ以外のものにはない。動物に魂はないし、ときに被差別人種も魂がないとされた時代がある。だからもちろん人工的に造られた人間らしきものに魂などない、というのがアンドロイドの扱いだ。
しかしレプリカントはむしろ独自の魂を持ちうるかのように描かれる。脅威ではなるが、共感可能な存在でもある。むしろ人類には見ることのできない宇宙の光景(展開の記憶)について語る。そして最後は、主人公の愛の対象にもなる。人間とレプリカントを厳密に区別する主人公が、区別を超えてしまう。シンギュラリティという言葉がむしろ古いと錯覚してしまうテーマ設定だ。

冲方丁「〝巨鯨〟映画が新たな恵みをもたらす時。」『Pen 特集「SF絶対主義」』p.32

前作」「2049」のレプリカントは人工物でありながら有機物という、中庸な――ワンクッション置いているような――存在だ。
有機物であるため生命・魂が宿っても何ら不思議ではないという、西洋的な価値観に一石を投じるための段階的な設定に思う。

2049」ではさらに一歩進んで、AI(人工知能)との恋愛にも言及している。映画では既に『her/世界でひとつの彼女』が該当すると思うが、私は現時点で未鑑賞なので、現段階では語れない……

“主人公”ではない“私”

2049」で私が一番衝撃を受けた切り口。
Kの記憶にある、孤児院でのいじめと大切な馬の人形を隠すイメージ。
それはレプリカントに埋め込まれる疑似記憶のはずが、物語が進むにつれて“本物の記憶”である可能性と確信を強くする。
記憶の中の馬の人形が実在し、出自――レプリカントと人間(デッカード)との間で生まれた子供――の証明に繋がり、Kが重要な存在ではないかと思わせて、そうではなかった……
その“記憶”は別人のものであり、彼女がレプリカントの未来の可能性・希望だった。
Kにとって自身の核(アイデンティティ)と思っていたものが、自分のものではない、基盤が崩れることの衝撃。

重要人物≒主人公ではないという表面的なものだけでなく、映画上でのKという存在そのものが否定(偽物)あるいは何もなくなってしまうように思えてしまう。

特に「記憶」という私自身を決定づける要素のひとつが、他人に移植可能というSFギミックからアイデンティティの不確かさを強調する衝撃。
しかもSFに限らず現実世界でも「記憶」というものが不確か(認知の歪み、忘れること、疑似記憶)である事実も思い出させる。

もうひとつ、主役ではないということ、「主人公ではない私」とは現実を生きる人間――映画の鑑賞者自身――そのものでもあることに思い至る。Kの存在が現実にやって来るような、視点を鑑賞者に突きつける。

デッカード殺害を依頼されたKだが、彼はデッカードをレイチェルとの間で生まれた本当の娘に再会させるという自分で選んだ“正しさ”を果たし、息絶える。

その魂は何処に行くのだろう?
AI(人工物)の彼女との恋愛でさえも偽物――形骸化したままごと――として、存在しないものと見なせるだろうか?

さらにその後の物語?

レプリカント達は「解放運動」……人間に反旗を翻す――武器を持って戦闘をする――ような決意で物語が締めくくられることに、私は一抹の不安と嫌悪感を覚える。
もちろん、西欧、アメリカ的な価値観――自由とは戦ってでも勝ち取るもの――という考えに異論はない。(史実としてそれは一定の事実であるから)
物語として闘争によるアイデンティティの確立に、私は少し辟易している。
それは多大な犠牲と、ともすれば“大事なもの”を失う可能性を秘めているためだ。

それは生殖能力……レプリカントの製造会社ですら欲していたものだ。
個人的には、レジスタンスの武装、闘争というありきたりな映画表現よりも、この生殖能力に起因するものがあったらと思う。

それはレプリカントにどんなアイデンティティの確立を促すのか?そんな物語を見てみたい。
映画『ブレードランナー2049』チラシ2

補足:廃墟の情景

空間の情景が「前作」とは異なるスタイリッシュさがある。
もちろん「前作」の闇鍋じみて閉塞感がある――ディストピアな――都市空間は同様だが。

映画公開の時系列が前後してしまうけれども、映画『アリータ:バトルエンジェルの折衷ごった煮感でもない。
汚染され赤い砂漠となったロサンゼルスは、数メートル先も見づらい中を進んでいくと現れる女性の巨像に出くわす。突如現れるイメージの片鱗のようで、その少し前シーンにあった雨の中の都市で遭遇する立体ホログラムを反芻させ、夢幻の中にいる美しさがある。
デッカードが潜伏していた無人ホテルの廃墟美学など。どのシーンも一つのアート作品ともいうべき情景だった。
それが今様の映画だからこその味わいだと思った。

  1. 【再掲載】3つの『ブレードランナー』、そのどれもが『ブレードランナー』の正しい姿だ!|洋画専門チャンネル ザ・シネマ
    https://www.thecinema.jp/article/27 (2020/8/13 確認)

    ブレードランナー2049のトリビアまとめ完全版【ネタバレ】 | 映画の秘密ドットコム
    https://www.eiganohimitsu.com/4380.html (2020/8/13 確認)

    「ブレードランナー2049」トリビア12!特典映像から解釈する謎多き傑作 – SCREEN ONLINE(スクリーンオンライン)
    https://screenonline.jp/_ct/17148968 (2020/8/13 確認)

  2. 冲方丁『古くて新しい「ブレードランナー」の強度』 『キネマ旬報 2017年11月上旬特別号 No.1762』 p.24
  3. ホドロフスキーは原作小説と異なる『DUNE』を作り上げようとした。ドキュメンタリー映画の中で以下のように語る。
    映画を作る時は原作から自由になるべきだ。結婚と同じようなものだ。花嫁は純白のドレスを着ている。純白のままでは子供は作れない。脱がさなきゃダメだ。花嫁を犯すためにね。そうすれば自分の映画を作れる。私はハーバートの原作をこうやって犯したんだ。大きな愛をもってね。
参考文献
Pen (ペン) 2017年 11/1号 [映画・小説・マンガの名作から最新作まで SF絶対主義。]
Pen 2017年 11/1号
キネマ旬報 2017年11月上旬特別号 No.1762
キネマ旬報 2017年11月上旬特別号 No.1762
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