映画『GODZILLA 星を喰う者』感想

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映画『GODZILLA 星を喰う者』チラシ2
公式サイト:
http://godzilla-anime.com/

アニメゴジラ3部作最終章。
虚淵玄氏らしい脚本で、私は満足している。
時代に合わせてその役割も変えるゴジラ。『シン・ゴジラ』とも当然違う。

!!以下、ネタバレあり(というか、ほとんどあらすじ)!!

迷信/盲信

前作のラストで気になっていた――ハルオの味方を殺害し、任務遂行を妨害・破綻させた――ことで、移民船内が分裂する。
ゴジラを斃す好機を失ったことを糾弾しハルオへの処罰を求める異星人種族・ビルザルト。志願兵以外の兵士をナノメタルに同化しようとした戦術の非人道さを非難しハルオを擁護する人間。
ビルザルド側はハルオへ処罰を求め、移民船のライフラインを凍結してしまう。

極端な言い方をすれば、どりらも正しい。
あまりにも難しい舵取りに、船長はどちらの顔も立てれず、対処ができない。

自分達ではもはやどうすることもできなくなり、追い詰められ絶望した人間は、もう一方の異星人である宗教種族・エクシフの“神”にすがる……

同じ時、地球では討伐部隊の一部が、ナノメタルに呑み込まれなかったのはエクシフの“神”への信仰が篤かったため、と言葉巧みなメトフィリスに傾倒する。

不遇の境遇に“終焉”をもたらす“神”であるという――ギドラを。

「迷信は弱者の宗教である」という趣旨の言葉は、国や時代を問わずいくつかあったと思う。
「救われたい」という信心が盲信となり身を滅ぼす人間たちの姿が端的に示されていた。

ギドラ

エクシフによって呼び出されたギドラは高次元生物……高次元からの怪獣だった。

エクシフの目的は、ギドラを使ってゴジラを斃すことではなく、ギドラにゴジラも人類を含む自分たちをも喰いつくさせてあらゆる事を”終わらせる”ことだった。

ギドラに遭遇した移民船は、ビルザルドがライフラインを停止させていたこともあり、離脱ができない。
そのうえギドラによる高次元の干渉から時間がバラバラになってしまい、指揮系統が混乱する。
リアルタイムで話していたと思っていた相手は、既に爆破に巻き込まれて死んでいた……さらにオペレーターは‘過去’となってしまった――当事者としては‘未来’の――自分たちを観測してしまう……

「私たち……もう……死んでる……?」

確定した避けられない過去/未来に戦慄する。

移民船を破壊したギドラは地球にも影響を及ぼし、遂にゴジラとギドラという、怪獣同士の対決になる。

といっても、ギドラは高次元生物。
破壊光線は空間を歪めて軌道をずらし、ゴジラがギドラに噛みつこうとしても、まるで存在しないように透かしてしまう。
にもかかわらず、ギドラはゴジラに噛みつきその身体を拘束して牽引する。

……上記、起こっている現象を私たち鑑賞者に伝えるように、ハルオと行動を共にしている環境生物学者のマーティン少佐が分析する。
苦肉の策というか、面白い表現方法だと思った。
SF的に面白い設定だが誰にもわかるように伝えるのはちょっと難しい。

ギドラがゴジラに干渉できるように仕向けているのはメトフィリスにあると判断したマーティンの助言に従い、ハルオはメトフィリスと対峙する。

エクシフの宗教は未来予測の高い技術――ゲマトロン演算と呼ばれる数学体系――から信頼されていたことが以前仄めかされていた。
メトフィリスによるとゲマトロン演算をはじめとするエクシフの技術は高次元に繋がるものだったため(もし四次元が三次元+「時間」だったら、時間の流れを俯瞰で見る技術ということになる)、その力が行き過ぎてギドラを呼び寄せたらしい。
彼らはその技術によって、未来にどんな“滅び”を見出してしまったのだろうか?

行き着くところは死であると――メトフィリスは華々しく散ることを是とし、ハルオにその引導を渡す役割を与えようとする。それを呑ませるために、ハルオに陰湿な精神攻撃を与えて……

若干、ハルオの葛藤の時間が長かった気がした。
メトフィリスが語る本質と未来とは、あくまでエクシフの過去であり、地球の未来ではないのに……

信仰も科学技術も人類を発展させたが、行き過ぎたそれらは人間をも滅ぼす……
エクシフとビルザルドがその象徴だった。

フツアの民のマイナの機転で、フツアの神・モスラを媒介としたテレパシーを使い、マーティンの助言によってメトフィリスの精神攻撃から逃れ、ギドラの干渉からゴジラを解き放ち、ギドラを退ける。
映画『GODZILLA 星を喰う者』チラシ1

怒り

人を捨ててゴジラを倒すか、人としての尊厳を維持して死に絶えるかという、二者択一ではなく“別の道”――たとえ自身が死しても命を繋ぐ世代交代という命の循環――をフツアの民に見出し、そちらに託すことにしたハルオ。

しかし安息もつかの間、マーティンが脳死状態のユウコのナノメタルを解析しバルチャー(前作のナノメタルの機体)を起動することに成功する。

科学者であるマーティンは、データとして遺されている技術力の抽出に関心があるだけで、ナノメタルがもたらす悪意には関心が無かったと思う。それ故にハルオは危惧する。

メトフィリスの言葉と、ミアナが「毒」と言わしめたナノメタルが再びもたらす破滅的な未来を予感し、全てを断ち切る決意をする。

同時に、ハルオは“復讐心”という自身の負の感情――両親を殺したゴジラを赦すことはできない“憎しみ”――があったのかもしれない。それ囚われたままの自身の心はまさに怪物であり、エクシフやビルザルドの負の遺産の一部だった。それらを包括した二次感情の“怒り”として脳死状態のユウコと共に、バルチャーををゴジラに向けて特攻する。自身もろとも破棄するために。

ゴジラの熱線で自身ごと焼き払う。

ゴジラにとってハルオが敵だったかは曖昧にとらえる。というより、見るものに解釈を委ねる仕立てだった。
単純に敵とみなしているナノメタルに反応しこれを焼き払う、
憎しみを向けられている自覚があったのか、(肉眼でハルオを見たゴジラは第一章で斃されているため、ハルオを目視していないので)

怒りという概念がなかったフツアの民。
ハルオの“憎しみ”という感情を理解できず、“いかり”の意味するところを理解できなかったマイナによって、ただの言葉の形骸があった。
それは“いかり”という言葉が本来の意味を失い、あらゆる厄を乗せて焼かれることで浄化するものとしてフツアの民に残った。

特撮の『ゴジラ』シリーズにおいて、怪獣対決や世相を反映していったゴジラは、初代の破壊神から予定調和され地球の守護神のようになっていった。

しかしアニゴジではそれらを踏まえた上で、徹底した役割分担をしたように思う。 大地母神的な性格はモスラに。
暴食的な破壊をギドラが担ったようだ。
ゴジラは……地球の生態系の頂点に立つ。それは一作目の『怪獣惑星』から一貫して“KING OF MONSTER”だった。 徹底して、人間の敵でも味方でもない。

人類の末裔、フツアの民はゴジラと共に共生する。
しかし、彼らはゴジラの守護下にいるわけではない。
フツアの民を守っているのはモスラだった。

もう語られることは無いが、遠い未来にフツアの民が滅びずモスラが再び復活する時、ゴジラとモスラの間で何か決着するのだろうか?

映画『GODZILLA 星を喰う者』前売り券

今年はハリウッド版ゴジラが公開される!
三つ巴かと思ったら、四つ巴だった!
日本では今年の夏休み映画だろうか……
まさかのモスラも現れる模様。(でも大地母神的な性格持ち合わせてなさそう……)

最後に一言……
アニゴジモスラがシルエットだけだったのが解せぬ。

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