ダンテ『神曲』のヴィジョン Ⅱ
誕生日を迎え、下半期が始まったので、何かけじめを着けたかった。
またギュスターヴ・ドレの版画を買った。
昨年も同じ事を書いていたか。
過去日記:ダンテ『神曲』のヴィジョン
これは『神曲』地獄篇 第八曲。
フレギュアスが漕ぐ舟に乗り、沼を渡るヴェルギリウスとダンテの絵。
構図か実に絵画的だったので、インスピレーションで即決。
このシーンはドレ以前の画家も描いている。
記憶にあるドラクロワの油彩画を真っ先に思い出した。
《地獄のダンテとヴェルギリウス》
http://art.pro.tok2.com/D/Delacroix/v002.htm
木口木版でありながら緻密なドレの版画。
陰影、濃淡の表現に惹かれてしまう。
虫眼鏡で見ると沼地で蠢く群像の描写に圧倒されてしまった。
水面下の人物像まで彫られているのだ。
現在刊行されているドレの画集も度々手に取ったが、この細かい描写に気づかなかった。
この版画は今の私に訓戒を告げている。
この沼、ステュクスの沼は怒りに我を忘れ他人に危害を加えた者達が堕ちているという。
彼らは今不平不満、小言、雑言、罵倒の一切が、汚れた泥となってわだかまっている沼に沈んでいる。
怒りを持つ事は悪い事ではない。問題は怒りとどう向き合うかが重要なのだと。
心の構え方なのだろうと私は考える。
怒りを外に向けて散する、とは違う。
物に当たるなどもってのほかだ。
それを模索する縁(よすが)として、今、この版画を見ている。
実はもう、答えは出ているのかも知れないが。
そして水面に沈んだ人物に気付けたように、気付けるように。
怒りとの向き合い方だけでなく、全てにおいて。
昨年の年末に刊行された本で、ドレの挿絵でまとめられたものがある。
谷口 江里也 翻訳『ドレの神曲』
イラストは小さめではあるのだが、ドレの挿絵でどんなものがあるのか、カタログ代わりに今回購入。
山川丙三郎氏の翻訳で理解できなかった部分を補完する事も出来た…
この本、かつて金箔付の大判で出版されていた豪華本の「普及版」。
安い。
谷口氏の翻訳はさらりと読みやすいと伺ったことも決め手だった。
これはやはり良い本だと思う。