芳年 ―激動の時代を生きた鬼才浮世絵師

白黒イラスト素材【シルエットAC】
JUGEMテーマ:展覧会

公式サイト:
https://neribun.or.jp/event/detail_m.cgi?id=201805131526201032

またしても、終わってしまった展覧会だけど……備忘録

練馬・練馬区立美術館( https://neribun.or.jp/museum.html )にて。

1970年代に流行したアングラ美術で“血みどろ絵師”として紹介された芳年を、“最後の浮世絵師”として再解釈する展覧会。

私は《奥州安達がはらひとつ家の図》(※1)で知ったので、その奇異な世界観の方に魅力を感じていた。 この展覧会を通して、私はそのイメージを払拭した。

時代を反映して様々な表現を積極に取り入れ、独自の画風を確立していた、芳年の勤勉な人柄を知る。

また、状態の良い揃物(複数枚で1セットのシリーズ物)を揃えた展覧会は初めてだったので、見応えのあるものだった。

気に入った作品について感想を書きたいと思っていたが、その多さ…日本美術に詳しくない私にはどれも新鮮に写って、 とても消化しきれない……
芳年の傑作として名高い作品《藤原保昌月下弄笛図》について、それ以外は個々の作品よりも、芳年作品全体の印象を書こうと思う。


藤原保昌月下弄笛図

月岡芳年《藤原保昌月下弄笛図》
満月の夜、画面中央には直立して笛を吹く藤原保昌。
その背後、画面向かって右下から、踏ん張るような体制で今にも脇刺を抜こうとしている盗賊・袴垂保輔。
背景のススキ林が風になびいて、画面右から左に向かっている。

会場に入ってすぐの所にあったのは、右から左へと、自然と視線が誘導される。
とても安定した構図だった。
藤原保昌の“静”と袴垂保輔の“動”の対比が印象的な揃物だった。

月の描写が多かったような気もする。
それは芳年晩年の大作であり代表作でもある揃物『月百姿』(※2)の展示で、その作品数と描画の多様さから、そういった印象を持ってしまったのかも知れない。

月齢に関係なく、月に纏わる逸話や日常風景を描写したもの。
満月が多かった。同じ満月でもトリミングの違い、各々のシチュエーションも構図にも同じものがない事に驚かされた。

《烟中月》(※3)では月に煙がかかり、かすんでいる。それは江戸で頻繁に起こった火災によるもの。
江戸は火災の町だった(※4)。それ故に火消し今では考えられない価値観かもしれないが、江戸時代の家事は多発するもの、“イベント”だった。

当時の人々はどんな思いで見ていたのだろうか……ふと見上げた時に見える美しい月は、炎の赤、煙の白に映えるものだったのだろうか?

少なくとも、私はこの作品から悲観的なものは感じなかった。

芳年の作品における、強烈な“赤”。赤に魅力がある。

真っ先に目を引くのは、血の表現だろう。
英名二十八衆句》(※5)の‘血の表現の一部には
(にかわ)を用いて光沢が出されており、シリーズを通しての眼目が流血の描写にあった。(※6)’

流れる赤、噴出する赤――血のフェティズムだけではない。
着物の艶やかな赤、藍色とのコントラストで鮮やかな赤などが人目を引く。

芳年はそうした効果を理解してもいたのではないだろうか?新聞錦絵の縁の赤――赤絵(※7)という――があるように。

また、当時、安価に手に入る化学染料の普及したことも、芳年作品における印象的な赤を作ったようだ。

私はこんなに写実的な馬の浮世絵を見たことがなかったので、凄く印象に残ってしまった。
日本画の馬というと、テイストは神社の絵馬か蒙古襲来絵巻で見たような躍動感を想像しやすい。

月岡芳年《曽我時致乗裸馬駆大磯》
月岡芳年《相模次郎平将門》月岡芳年《燕人張飛》

しかし芳年が描く馬は立体的で、斜め前側や背面から、一瞬を捉えた臨場感がある構図だった。
筆描きの伝統的な描き方をした《曽我時致乗裸馬駆大磯》の馬もあるが、『一魁随筆』の《燕人張飛》や『芳年武者旡類』《相模次郎平将門》の馬に、そうしたリアリティがある。

その構図に、西洋絵画、肖像画の影響の可能性を強く感じた。

西洋絵画の影響

明治になって西洋美術(版画による模写)の流入があった。
パリ万博への国をあげての出展もあって、絵師たちは西洋絵画の表現を研究、技法の会得をした。
芳年も積極的に取り入れたことが伺える。

北斎らを彷彿させる波の表現が、明治になるとヨーロッパの油彩画にあるようなものになっていた。

芳年渾身の作だったが、当時はあまり人気が無かったという『一魁随筆』の一枚に、どうみても構図が聖母子像にヒントを得たようなものもあった。

山姥 怪童丸

月岡芳年《山姥 怪童丸》

The Holy Family of Francis Ⅰ

洋風表現を用いた本図は数多い金太郎の絵の中でも異色の作である。まるで聖母子像を思わせる描写に関して、ラファエロ・サンツィオの油絵「The Holy Family of Francis Ⅰ」(一五一八年、ルーブル美術館蔵・挿図)の銅版画による複製を参照した可能性が提示されている(Kris Schiermeier,‘Western inspiration in a print by Yoshitoshi:Yamauba and Kaidōmaru, Andon, no.66, 2000’)。

岩切 友里子 編著 『芳年』 平凡社 2014 p.239

芳年

イラストレーターの先駆としての芳年

西洋絵画の技法を取り入れたこと以外にも気になったのが、芳年の先駆的表現。
爆発した砲弾、雷鳴の表現が、コミックに見るものに近い。

その発想の原点がどこにあるのかは私にはわからなかった。
しかし、後世に与えた影響は想像に難くない。
那智山之大滝にて荒行図》(※8)は、摺刷後に胡粉を飛ばして表現した水しぶきが印象的だが、その表現にCLAMPを思い出した。

晩年の芳年は、美人画に注力する。
風俗三十二相』(※9)は伝統的な美人画の揃物を踏襲している(※10)が、芳年の独自性がある。
女性の身分によって着ているものが異なる。明治の“今”と江戸やそれ以前の“昔”のファッションを描画している。

「寛政年間女郎の風俗」のように、描かれた女性の時代と身分を説明する副題が付されている。芳年の制作から百年近く前の寛政年間に始まり、享和・文化・文政・天保・弘化・嘉永・安政と各時代を描き、その後幕末の万延から慶応の約8年間を省略し、明治時代に続いている。江戸時代の女性が23作、明治時代の女性が9作で構成され、過ぎ去った時代への芳年のノスタルジーも込められている

そこに芳年の生きた時代の変化を込めたこと、私はそれが自身の生涯の記録であると読む。あながち間違っていないと思うのだが、どうだろうか?


血みどろに限らず、鮮やかな浮世絵の数々。
最後の浮世絵師と呼ばれる芳年は、激動の時代の中で、アイデンティティを模索し続けた絵師だったと思う。
乱世であるだけが神経衰弱の原因ではないだろうと、私は想像する。

日本の伝統的な描き方、技法を保ちつつも、西洋絵画の表現の良さを積極的に取り入れて、自分自身の画を模索し続けていることが伺える。

  1.  "The Lonely House at Adachigahara in Ôshû (Ôshû Adachigahara hitotsuya no zu"
    Museum of Fine Arts, Boston (English)
    https://www.mfa.org/collections/object/the-lonely-house-at-adachigahara-in-%C3%B4sh%C3%BB-%C3%B4sh%C3%BB-adachigahara-hitotsuya-no-zu-493510 (2018/10/10 確認)
  2. 月百姿(Wikipedia / 日本語)
    https://ja.wikipedia.org/wiki/月百姿 (2018/10/10 確認)
  3. 月百姿 烟中月 – 国立国会図書館デジタルコレクション
    http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1306344 (2018/10/10 確認)
  4. NHKスペシャル | シリーズ 大江戸第3集不屈の復興!!町人が闘った“大火の都”
    https://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20180701 (2018/10/10 確認)
  5. 英名二十八衆句(Wikipedia / 日本語)
    https://ja.wikipedia.org/wiki/英名二十八衆句 (2018/10/10 確認)
  6.  『芳年 ―激動の時代を生きた鬼才浮世絵師』会場キャプション
  7. コラム:明治の錦絵 | 錦絵でたのしむ江戸の名所
    http://www.ndl.go.jp/landmarks/column/5.html (2018/10/10 確認)
  8. 那智山之大滝にて荒行図 – 千葉市美術館 収蔵品検索システム
    http://www.ccma-net.jp/search/index.php?app=shiryo&mode=detail&list_id=73049&data_id=4097 (2018/10/10 確認)
  9. 風俗三十二相 – 国立国会図書館デジタルコレクション
    http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1312944 (2018/10/10 確認)
  10. 芳年に直接影響を与えたと考えられる近い時期の作品としては、歌川国貞の『当世三十二相』『今様三十二相』、豊原国周の『当勢三十二想』が挙げられる。また、作品の題材や構図には師である歌川国芳からの学習や模倣も認められる。

    風俗三十二相(Wikipedia / 日本語)
    https://ja.wikipedia.org/wiki/風俗三十二相 (2018/10/10 確認)

参考文献
河出書房新社編集部『月岡芳年: 血と怪奇の異才絵師 (傑作浮世絵コレクション)』 河出書房新社 2014
月岡芳年: 血と怪奇の異才絵師 (傑作浮世絵コレクション)
日野原健司『月岡芳年 風俗三十二相 (謎解き浮世絵叢書)』町田市立国際版画美術館 2011
月岡芳年 風俗三十二相 (謎解き浮世絵叢書)
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